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【備忘録】「私」「僕」「俺」「名無し」という一人称呼称問題

 英語の一人称代名詞は「I」以外思い浮かばない。ところが日本語では、男性に限っても「私」「僕」「俺」とすぐに幾つか思い付く。女性も同様にバリエーションがあり、「ボク」とか特殊な属性を思わせるものまでありますね。

 日本語で雑文をしたためる時に最初の最初に直面するのが、この一人称代名詞問題。今これを書いている自分をどう表記するかは、文章全体の雰囲気、さらにはテーマまで左右する重大な第一歩ですよ。

 私自身は、note以外ではほとんど一人称代名詞を使う文章を書かない上、創作を体系的に学んだ経験もないので、理論的なことは言えません。以下勝手な例文をつくって、実際どんな感じに変わってくるか実験してみたい。あくまで印象論でお目汚しですが。

普遍的・散文的「私」。推定年齢は中年以降

【例文】
 私は地下鉄に乗り込むと、シートに空きがないか車内を見回した。
 ヒールを履いた女の形の良い脛の白さが網膜に焼き付く。私は女の隣に座ろうと素早く移動するが、誤って会社員風の小太りの男の足を踏み付けてしまう。男が不機嫌そうにスマホから顔を上げて私をにらむ。
 小さな幸福を求めて小さなひんしゅくの種をまく。高望みしているわけでもないのに思うようにいかない生活を今週も繰り返しそうだなと薄笑いを浮かべながら女の隣に腰を下ろすと、女は気味悪そうに私の顔を一瞥した。

 さえないキモ親父サラリーマンの枯れたエロ妄想。テーマは「疲れた日常」。

青い「僕」。推定年齢は10代後半~30代ぐらい

 僕は地下鉄に乗り込むと、シートに空きがないか車内を見回した。
 ヒールを履いた女性の形の良い脛の白さが網膜に焼き付く。ほぼ満席の中で、女性の隣にだけ小さな空間がある。僕は素早く移動するが、誤って会社員風の小太りの男の足を踏み付けてしまう。男が不機嫌そうにスマホから顔を上げて僕をにらむ。
 小さな幸福を求めて小さなひんしゅくの種をまく。高望みしているわけでもないのに思うようにいかなかったこれまでの生活の象徴みたいだ、と大げさに捉えて薄笑いを浮かべながら女性の隣に腰を下ろすと、女性は警戒して僕の顔を一瞥した。

 生活とか言いながら、まだ生活に疲れてない様子と自意識過剰っぷりがうかがえます。テーマは「大学生の日常」。

自己主張強めの「俺」。推定年齢は10代後半~30代

 俺は地下鉄に乗り込むと、シートに空きがないか車内を見回した。
 ヒールを履いた女の形の良い脛のなまめかしい白さが、網膜に焼き付く。俺は女の隣に座ろうと素早く移動したが、誤って会社員風の小太りの男の足を踏み付けてしまう。男が不機嫌そうにスマホから顔を上げて俺をにらむ。
 月曜日だというのに、体の奥にうずく性欲は正直だ。女はそんな俺の欲望に気付いている。くだらない毎日の繰り返しだなと薄笑いを浮かべながら、女の隣に腰を下ろして足を組むと、女は気味悪そうに俺の横顔を一瞥した。

 ハードボイルド(?)風味。オレ様です。やはり若い。香る犯罪臭。テーマは「荒れた日常」。

謎の透明人間。年齢不詳(ただし高齢者ではない)

 地下鉄に乗り込むと、シートに空きがないか車内を見回した。
 ヒールを履いた女の形の良い脛の白さが網膜に焼き付く。女の隣に座ろうと素早く移動するが、誤って会社員風の小太りの男の足を踏み付けてしまう。男が不機嫌そうにスマホから顔を上げてにらんでくる。
 小さな幸福を求めて小さなひんしゅくの種をまく。高望みしているわけでもないのに思うようにいかない生活。日常を満載した地下鉄は、そこからの出口に運んでくれる移動手段にはなりそうもないなとため息をつきながら女の隣に腰を下ろすと、女は気味悪そうな視線を向けてきた。

 少し不思議な雰囲気が出るかなあ。勘ぐって読めば、女の隣に座ることに何かの意味がありそうな雰囲気も。テーマは「日常からの脱出」。

 総じて、「私」は中高年から高齢者まで等身大の自分を描写する際に使い勝手が良く、「僕」はそれより若く、あまり絶望を感じない。情緒的な文章に向いてる気がする。ついついなんちゃって村上春樹風になりがちなのも、「僕」の特徴か。

 「俺」は角が立っていて、肉体的、言い換えれば少々の暴力の臭いも。やはり若め。中年にさしかかるぐらいまでは守備範囲か。

 主語なしに関しては、内面描写と情景描写が一体化するような感じか。「私」に近いけど、ちょっと浮遊感がある。主語を欠いても文章が成立するのが、日本語のおもしろいところです。

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