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第239話 われても末に 逢はむとぞ思ふ


(われてもすえに あわんとぞおもう)


 遊歩道のベンチにあきらと二人で並んで腰掛け、ぼんやり空を眺めていた。

 なんで私、結局ここにいるんだろう……。

 しばらくお喋りをしながら日当たりに暖を取っていると、一羽の鳩が餌をくれないだろかと近くまで様子を伺いにきた。
 私とあきらの足の間を何往復かすり抜けていくと、その様子に勘違いした他の鳩たちがバサバサと舞い降りる羽音が聞こえ、あっという間に取り囲まれると鳩だらけになってしまった。

 やがて餌はもらえないとわかり、ぱらぱらと散っていったはずの鳩がしばらくすると再び集まって同じことを繰り返す。そんな茶番を二回ほど再演したのち、ようやく遠くから吹奏楽部のチューニングが聴こえてきた。

「ひみ、そろそろ門のとろこまで行っていい?もうすぐ出てくるかもしれない。」

……

 それは一週間ほど前。


「……卒業式?」

 夕飯後、スマホをチェックしながらソファーに移動したあきらから、「ちょっと頼みづらいんだけどね。」という言葉と共にあるお願いをされた。
 後輩の卒業式の追い出しに行きたいから、中学校まで送ってほしいとのことだった。

「校庭の中まで入れないことなら連絡来てるしわかってる。でも、東門のあたりなら少し会えるよねって、ご飯しに降りてくる前からやり取りしてたんだよね。」


 その後輩の子もちょっと変わっていて、実直モラリストのあきらが一度、部活中に後輩たちに対して厳しく注意したことがあってから何故だか懐かれてしまったらしく、それから急に仲良くなって交流を続けていたのだという。

 けれども一瞬返答に困ったのは、やはりスサナル先生のことと、それから元々その日に美容院に行こうと思っていたこと。
 すると察したあきらから、先生に関してこんなことを言われてしまった。

「あの先生ならさぁ、視聴覚の担当でしょ?体育祭の時もミキサー教えてくれたわけだし元々放送の人だから、式の後は体育館で片付け作業してると思うよ。」

 この言葉の通り、三年生を持たない他学年の先生たちは、卒業式後に校舎に残る場合も少なくない。だとしたら余程のことがない限り、こちらから狙ったように“会う”ということもないだろう。

 それからスマホを開き、美容院の混雑状況も念のため見てみることにした。するとなんと卒業式の当日に限り、担当美容師さんの予約が朝から晩まで綺麗に全て埋まってしまっていた。

「わかった、いいよ。送ってあげる。
……けど駐車場はどこも埋まってると思うから、その代わり頑張ってバスで行くよ。」

……

 少し風の冷たい晴天となったその日、朝からたくさんやってくるシンクロサインはどれもこれも“会えない”ことを暗示していた。けれどもそれとは関係なく、お祝いの門出に混じるために、フォーマルと普段着との中間くらいのなんとなく綺麗目な格好をしてきた。

 あきらと共にベンチから立ち上がると驚いた鳩が飛びあがり、それを目で追って天を見あげると、その上空を住宅街の川に向けて白鷺が優雅に飛んでいった。

 タケルじゃん……。

 「行ってらっしゃい」の言葉と共に、ヤマトタケルが含み笑いをしているのが伝わる。

 いるのかな。いないのかな。まさかこのタイミングでタケルが出てくるとは。
 会えるって期待はしないけど、でももしかしたら再会が許されるほどに自分は成長したのかな。


 そうして門のところまで移動すると、外の警備担当の先生たちは既に出揃っているようで、残念ながらその中に彼の姿は見つからなかった。
 二人か三人、あきらと軽く挨拶をする先生はいたけれど、彼らもそれ以上の関心を私たちには寄越さなかった。

 追い出しが始まりあきらが後輩の元へと行ってしまうと、あの子の卒業式での出来事をぼんやり思い返していた。

 懐かしいな。あの時あの柱の陰で、花道の先頭を行くスサナル先生と映画みたいに見つめ合ったっけ……。

 校舎を見遣り、それからふと顔を前に戻すと。

 一体いつの間にそこにいたのだろう。少し離れた目の前で、トントンと靴の履き心地を直すために下を向いている人がいる。

 ぱっとその人が顔を上げる。

 お互いに、驚きで完全に固まってしまった。視線が絡んだ『またたきの瞬間』、すべての時空が止まってしまったのを感じた。


 およそ二年振りで見つめ合った彼の瞳の中には、美しい宇宙が広がっていた。




※『瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢はんとぞ思ふ』(崇徳院)

……水の流れが早いので、滝川が岩に堰き止められて一度は二つに分かれてしまいますが、その先で流れが一つになるように、もう一度あなたにお会いしたいと思っています。


written by ひみ

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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。

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末(すえ)とは“まつ”。松の世でありミロクの世。サイレントに入った時に腹をくくり、心の中で彼にこう言いました。

「五次元でお逢いしましょう。」

なのでこの「瀬をはやみ」って、なんだかサイレントの締めくくりにぴったりな和歌だと思います。

そして私の小説も、いよいよ明日で最終話となります。今までたくさんの方にお読みいただき光栄です。ありがとうございました。

それではまた明日♪
ひみと菊理。

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←今までのお話はこちら

→第240話 カーテンコール 愛と光と闇を込めて

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