第85話 色即是空也
(しきすなわちこれくうなり)
昇降口を抜けて校庭へと通じる中庭には規制線が張られ、最後の花道を見守る保護者たちで溢れていた。
みんなと同じ通路ではなくエレベーター側から出てくるあきらを待つために、私一人だけが他の保護者たちとの場所取りには混じらずに、無人の車椅子と共に、校舎近くの一本の柱の陰に立つ。
この子の移動などに関して、いつも柔軟に対応してくれる学校のありがたい協力により、結果的に警備の先生たちも、見送りの教職員もいない空間に一人。半径二十メートルの真ん中に、たった一人きりだった。
そこでハッと、この場所を通過する列の先頭があの人で、あの人が一番最初に出迎えを受けるのが私からだということに、その時になって急に思い至った。
気持ちを伝えることこそが一番の目的で、返事やアドレスが欲しいなどとは不思議と思っていなかった。だからあの手紙にも、クシナダの想いを重ねて乗せるように、連絡先は書かずに気持ちのみを綴って渡した。
でもあれから登校日が減ってしまったことによって、きちんとお互いの顔を見るのは、あの告白した時以来。だからこそ、この時の邂逅(かいこう)こそが、すべての答えとなってしまう。
「深呼吸。」
どこからか聞こえた。
そうだすっかり忘れてた、深呼吸大切。大きな柱の死角になってたった一人なのをいいことに、思い切って腕まで上げて、伸びをした。どこかへ行ってしまいそうだった心臓が少しずつ戻ってきた。
目を閉じて大地と繋がり、何度か深く呼吸する。心のおしゃべりが止んできた頃、吹奏楽部の演奏が始まった。
やがて……。
校舎の角を曲がって、スサナル先生がやってきた。私の存在を認めると、視線が一直線に飛んでくる。
宇宙がそうであるように、息を合わせて頷き合う。瞳を逸らさずに見つめ合う。お互いに微笑みだけを湛えて、真っ白な感情を伝え合う。あらゆる喜怒哀楽が静まり返り、『無』であるということを伝え合う。
時間にしたら、たったの十秒とか十五秒くらいの出来事だったと思う。
波風ひとつ立たない心は、彼が柱の向こうに消えても少しの間続いていた。
再び私の耳に、演奏の音や人々の歓声が戻ってくると共に、意識がゆっくりと現実へと引き戻された。こんな私の人生で、映画のワンシーンのようなあり得ないことが起こったと思った。
愛してるという感情や、好きという感情すらも存在しない不思議な世界。ううん、少し違う。それらは姿を潜めて(ひそめて)いても、しっかり内包されている。だからこそ『在りて在る』、ただそれだけ。
味わう感情そのものが無いので、味わうことすらない世界。そんな『空(くう)』を最大限に味わっていた。
味わった『空』とはすなわち『色(しき)』で、『色』とはすなわち『空』だった。『無』の中に『すべて』があって、『すべて』があるからこそ『無』となっていた。圧倒的な体験に、文字通り圧倒されていた。
……
校庭に移動しての追い出しは、大まかに各クラスごとで行われた。
この卒業式の後だけは、中学校の敷地内でも唯一子供自身のスマホが解禁されている。それぞれ写真撮影などを終えると、三年間一緒だった子も、九年間一緒だった子もいよいよ本当にバラバラになる。「じゃあ、またね。」と言い合うと、一人また一人と校門を出ていく。
駐車場へと向かう最後、ほとんど人がいなくなった校庭を振り返って見渡してみる。だけどもうすでにその時、彼の姿はどこにもなかった。
あきらと二人で車に戻ると、通用門の外から「あきらー、おめでとー。」とけーこが笑っている。いつもの後部座席にあきら、助手席にけーこを乗せると、卒業のお祝いにと、近所のファミレスへと向かった。
人も疎らな店内での食事が終わりかけになってきた頃、今後の生活の会話の流れから調停のことが話題になった。
するとその途端、突如として、あきらに良からぬ異変が顕れた。
written by ひみ
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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。
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今回は、「愛してるすら無い?やだ!!」と、皆さんのエゴが不安になりかねない次元の話ですので、今後の展開を待たずに先に答えを解説したいと思います。
読んでいただければ、それが杞憂だということがちょっとでも伝わると思います。ですが内容が長くなるので、続きはアメブロで書きたいと思いますね。
私たちがこの時体験した世界は、
オーバーセルフの統合後の意識状態に極めて近いものであり、いわゆる中今(なかいま)と呼ばれるものに当たります。
女性のハイヤーセルフと、男性のハイヤーセルフが統合したレベルが、オーバーセルフです。
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