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小さなおじさんと私

 「この先へ行ってはならぬ」
 突然そう言われた。
 (は?)
 私の目の前には白いタンクトップ姿の小さなおじさんが立ち、道を塞いでいた。
 腰に小さな手を当てて鼻息荒くこちらを見ている。
 「おじさん、小さいね」
 私がそう言うとおじさんは目をパチパチっと見開きながら自分の体をまんべんなく見たあと指を指しながらこう言った。
 「君よりは小さいかもしれないがあれを見ろ。あれよりは大きいぞ」
 おじさんの指の先には蝉の抜け殻が落ちていた。
 「ああ、あれよりは大きいね。でもさ、悪いけどそこ通してよ」
 「だめだ」
 「どうしてよ、どかないと踏んじゃうよ。いいの?」
 おじさんは驚いた顔をしてぴょんと跳ねるように後ずさりした。それでも通さないぞと言わんばかりに今度は両手を広げて私の前に立ちはだかる。
 私は乗っていたオートバイのエンジンをかけ、小さなおじさんめがけてスピードを少しずつ上げて走っていった。そして踏んづけた…!
 「ぎゃ!」
 オートバイに踏まれたおじさんは紙みたいにペラペラになった。ヒューと風が吹くとペラペラになったおじさんはふわふわと浮き、そのままオートバイにふわりとくっついた。それから顔を真っ赤にして1時間近く文句を言う小さなおじさんを連れて私はオートバイに乗って街を出た。
 
 🛵🛵🛵

 「おじさん…そろそろ元に戻って離れてくれない?」
 ペラペラになったおじさんに口でふっと息を送ってあげると一瞬で元通りになった。私より小さくて、蝉の抜け殻より大きい、タンクトップ姿のおじさんはまだ怒っている。
 「踏んづけるなんて!こんなことはじめてだ!」
 「おじさんはいつもあそこで誰かが他の街に出ていくのを止めようとしているの?」
 小さなおじさんは頷いた。
 「子供たちがいなくなったら、街がなくなってしまう」
 「そうかもしれないけどさ、おじさん一人がそんなことしたって意味あるの?今年に入っておじさんが街の外に行く人を止めたのってどのくらい?」
 おじさんは黙った。
 「何人?」
 「…二人くらいだったか…いやもっといた気もするが…」
 「それ、ほんとに意味あるの?」
 いつの間にか私の肩に乗っかっていたおじさんの頭から今度は漫画みたいな湯気が出ている。やれやれ、少し疲れた私はリュックから水筒を取り出し水を一口飲んだ。

 🧊🧊🧊
 
 遠くに海が見える。街を出て新しい街へとやって来た。私の相棒はこのオートバイとおじ…いや、これから出会うかもしれない誰かだ。
 一ヶ月後にはまた家に帰る。それまで私はこの街で暮らす。まずは地図を買おう。この街のことを知りたいから。どの道を通れば、あの海へと辿り着くんだろう。
 「おじさん一人で帰れる?」
 あれ?おじさんがいない。 辺りを見回してみると、海に向かって歩いていく小さなおじさんが見えた。いつ用意したのか、リュックと杖と帽子まで持っていた。
 (なんだ、おじさんも外に出てみたかっただけなのかな)
 私はおじさんの小さな背中をしばらく見守り、日が傾きかけて来た頃おじさんとは別の方向へとオートバイを走らせた。

 結局、小さなおじさんは何がしたかったんだろう。私の新しい生活の幕開けは答えの出ないそんな疑問から始まった。


 おしまい。

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