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トランプ陣営の“バイデン路線シフト”と、バイデンの選挙戦撤退 米大統領選2024 

21日、バイデン大統領が、次期米大統領選からの撤退の意向を表明した。

トランプの暗殺未遂事件からちょうど1週間、共和党大会最終日から2日後というタイミングだった。21日午後までに、バイデンはカマラ・ハリス副大統領を次期大統領に指名したと報じられているが、本当にそのとおりに進むのか、民主党や有権者は納得するのか、来月の民主党大会はどうなるのか、そもそも勝算はあるのか、不透明な要素が多すぎて、ここ1カ月は波乱続きになりそうだ。

実は、ちょうど共和党大会を勝手に総括して今まさにブログを上げようとしたところだった。もはや共和党大会の振り返りなんて誰も興味ないか…と一瞬思ったのだが、共和党大会の中にもバイデンの撤退の流れを後押ししたように感じた要素があったので、以下あえてほぼ撤退表明前の内容のまま投稿します。

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15日から18日までウィスコンシン州ミルウォーキーで行われた共和党大会。大統領候補指名受諾演説では、トランプが自身の暗殺未遂について「もう二度と語ることはないだろう。それほどに辛い出来事だった」と前置きし、当時の状況を生々しく語った。いつになく声を震わせる場面もあり、会場から最高潮の喝采を受けた。党大会を通じて幾分穏やかな、見守るような表情で、このときも神がかったようにすら見えたトランプだったが、事件振り返りが一段落して政策を語りだすと、徐々にいつものトランプ節にシフト。グダグダ路線で延々と約90分間語り倒した。指名受諾演説としては、史上最長記録を更新したそうだ。(ちなみに、史上2番目は2016年、ドナルド・トランプ候補の75分)

今年の共和党大会は、党の内紛が著しかったここ数年の共和党には珍しく「結束(Unity)」を前出しにしていた。象徴的だったのが、候補者指名争いで最後の一人になるまでトランプと戦ったニッキー・ヘイリー元国連大使。3月の撤退以降もトランプへの支持を口にしなかったが、大会で急遽演説に駆けつけ「ドナルド・トランプは私からの強い支持を得た」と述べた。2016年の指名争いで最後までトランプと戦ったテッド・クルーズが当時、党大会の席で「自分の良心に従って投票を」と述べ、指名候補の支持表明をしないという極めて異例のスピーチをしたのとは対照的だ。

この「結束」というキーワード、これまで分断の根源だったトランプには最も縁遠かった要素で、むしろバイデン陣営が柱として掲げてきたテーマだ。ところが、求心力が著しく低下するバイデンと、暗殺未遂事件で見せた不屈の精神が高い評価を得たトランプという構図の仲、今やトランプの方がそのメッセージを効果的に示せる状況になってしまった。今回の共和党大会、トランプ陣営はその流れに乗って、バイデン陣営の戦略を丸ごと取り込み自分のものにした、という印象を受けた。

家族の絆、寄り添う優しさ、みんなの大統領

例えば、トランプ・ジュニアの長女、カイ・マディソン・トランプ(17)のスピーチ。党大会3日目、ジュニアの演説冒頭でステージに登場したカイは、祖父トランプについて「私にとっては、ごく普通のおじいちゃん。両親の見ていないところでこっそりキャンディーやソーダをくれる。私が成績優秀者名簿に載ったら、名簿を印刷して周りに見せて回った」と、“孫思いのおじいちゃん”の側面を披露した。

この路線はまさに、バイデンが前面に押し出してきた方向性だ。6人の孫たちとは必ず毎日一人ひとりと電話で話す(次男ハンターが“間違って”作ってしまった7人目の孫はおそらく例外)、毎年サンクスギビングデーにはバイデンファミリー勢揃いでナンタケット島でお祝い、孫娘ナオミ(ハンターの長女)の結婚式を史上始めてホワイトハウスで行う…などなど、家族の結束にまつわるエピソードは繰り返し語られてきた。

もっとも、トランプ一家の団結ぶり(少なくとも表向きは)も2016年の大統領選の頃から散々フィーチャーされていた。すでに有名人だったジュニア、イバンカ、エリックのトランプ3兄弟やメラニアを中心に、トランプファミリーの話題は何かと世間を騒がせた。しかしトランプ家と言えば、これまでは庶民には到底手の届かないセレブファミリーの象徴だった。憧れの的となる反面、アンチも多かった。そしてアンチをはねのけ突き進む強硬姿勢が、トランプの魅力でもあった。

ところが今回のカイの演説は、同じ家族の結束を示すにしても切り口が全く違った。おじいちゃんと孫娘の素朴な日常風景を垣間見せ、庶民も共感できるアットホームなトランプ家を演出した。反対に、イバンカやメラニアのようにどうしても勝ち組女性の匂いが漂ってしまう存在は影を潜め、演説はおろか、会場には最終日まで姿を見せなかった。

他にトランプ家からステージに立ったのは、ジュニアとエリック、そしてジュニアの婚約者キンバリー・ギルフォイルと、エリックの妻ララ・トランプ。息子2人はもとより、キンバリーは検察官やニュースキャスター経験のあるバリバリのキャリアウーマン、ララは現職の共和党委員会共同委員長。いずれも演説よりもファッションが注目されるタイプではないので、セレブ路線から脱却しつつ、バイデン陣営とも重なる“家族の結束”の演出に成功したと言えるだろう。

また大会では、トランプの強みだったカリスマ的リーダーシップよりも、“人情味溢れる”パーソナルエピソードにスポットライトを当てたものが心なしか目立った。例えば、こんな具合。

米海兵隊員だった私の義理の娘は、アフガニスタンの自爆テロで亡くなった…バイデンは犠牲者の存在を認めてもくれなかった。でもトランプは6時間もの間、私たちとともに過ごし話を聞いてくれた

クリスティー・シャンブリン 米海軍兵の遺族代表 党大会3日目

ニューヨークでの(口止め料めぐる)裁判中、外でトランプと電話していたら周囲にいた支持者が「God bless you and President Trump」と叫んだ。すると電話越しにその声を聞いたトランプが、彼と電話を代わってくれと言い、直接話して感謝の言葉を述べていた

アリーナ・ハバ トランプの弁護士 党大会4日目

圧倒的男性優位だったゴルフリゾート業界で、トランプは私を施設の総支配人に抜擢した。当時は奇抜な人選だった。私はゴルフなんてろくにできないのに。トランプは既成の価値観にとらわれず、全く別の視点で物事を見ていた。私のように、彼のおかげでリーダーのポジションに就いた女性たちはたくさんいて、その一人であることを誇りに思う

キャリー・ルイズ ゴルフリゾート「トランプ・ナショナル・ドラル」総支配人 党大会4日目

このような“市民に寄り添う人柄“も、むしろバイデンがトランプとの対比として強調してきたポイントだった。「自分ファーストなトランプには、市民に寄り添うことなど到底できない。だが自分も庶民の出で政界きっての苦労人バイデンは、あなたたちの気持ちがよく分かる」というメッセージを伝え続けてきた。

しかし、暗殺未遂事件を受けて風向きは一気に変わった。根っからの反トランプ派であっても、銃弾が耳を貫通した直後に支持者に向かって「戦え」と鼓舞したバイタリティーには、敬意と畏怖の念を抱かざるを得なかった。それまでトランプが“市民に寄り添う”姿を見せても、不動産王でビリオネアのセレブというイメージが先行し説得力がなかったが、事件を機に急に説得力を帯びた。その心持ちが本物かはともかく、市民に寄り添えるだけのキャパシティは間違いなくあることを、事件は見せつけた。

ちなみに、バイデンはここのところ、本来の強みを見失っているように見えた。私が個人的に「あ、やっちゃった」と感じたのは、バイデンが酷評された討論会翌週に行われた、ABCニュースでのインタビューでのこのような発言。

NATOを団結させた(フィンランドの加盟のこと?)のは私だ。NATOの拡大など成し得ないと思われていた。プーチンを抑え込んだのも私だ。そんなことは不可能と思われていた。南太平洋の「AUKUS」の枠組みを成立させたのも私だ。ウクライナ支援のため、ヨーロッパやその他の50カ国を取りまとめたのも私だ。日本の予算を拡大させた(防衛費増大のこと?)のも私だ…

米ABCニュース ジョージ・ステファノプロス記者との独占インタビュー 7月5日付

この直前、質問者のジョージ・ステファノプロスに散々自分の認知力を追求されていたこともあるが、この時のバイデンは、政権の功績をやたら一人称の「I(私)」で表現したのが気になった。普段のバイデン陣営の姿勢なら、「みんなの協力あっての功績」と言いそうなものだが、すべて自分の手柄として語っていたのには強烈な違和感を覚えた。まるで、トランプと入れ替わったようだとすら思った。

話を戻して、もう一つ、トランプがバイデン戦略を奪ったと私が感じた極めつけは、トランプが指名受諾演説で述べたこの一節だった。

私が戦うのは、アメリカ国民の半分ではなく、全てのアメリカ国民のためだ。半分のために勝ち取った勝利は、勝利とは言えない

ドナルド・トランプ 党大会4日目 大統領指名受諾演説より

自分を支持する人も支持しない人も含め、私はみんなのための大統領になる――。これは、まさに2021年1月20日、バイデンが大統領就任演説で語ったコンセプトそのものだ。

私は誓う。全ての国民のための大統領になると。私を支持しなかった人のためにも、支持してくれた人のためにも、同じように全力で戦うと約束する

ジョー・バイデン 大統領就任演説より(2021年1月20日)

トランプ陣営がバイデン陣営の方向性を意識的に取り入れたかどうかは分からない。劇的に勢いをつけたトランプ陣営が最も、今のアメリカに最も重要で、最も効果的なポイントを考えた末、たまたまこの路線に行き着いただけかもしれない。

ただ、副大統領候補にJ・D・バンス上院議員を選んだことは、無関係ではないように思う。中西部のいわゆる労働者階級の出身で、母親が薬物依存に苦しんだ末に克服したという“苦労人”のサクセスストーリーは、バイデンのイメージとどこか重なる。

もしもトランプが、バイデンの支持基盤の取り込みに成功し大統領に再選された場合。演説のとおり、分断の時代は過去のものにして「みんなの大統領」を目指して取り組むなら、それはそれでハッピーなことかもしれない。ただ、そんな希望的観測で締めくくる前に、一つ指摘しておきたいことがある。

共和党大会で見えなかったこと

共和党大会2日目、ビベック・ラマスワミ、ニッキー・ヘイリー、ロン・デサンティスと、指名争いでトランプに戦いを挑んだ面々が強力な応援演説を行った。ところが同じ指名争いの候補者で、この3人よりトランプとの付き合いが断然長いはずのクリス・クリスティーの姿は、会場になかった。クリスティーは、共和党討論会の時から一貫して、トランプが指名を獲得しても絶対に支持しないと言い切っていた。

クリスティーのように、かつてトランプの元で働いた人物で、後にトランプの痛烈批判に回る人間はあまりに多い。元個人弁護士のマイケル・コーエン、ジョン・ボルトン元大統領顧問、レックス・ティラーソン元国務長官、ジェームズ・マティス元国防長官、ウィリアム・バー元司法長官…。(思いつくままざっと挙げただけですが、コメディアンのジミー・キンメルが秀逸なまとめ方をしているのでそちらもどうぞ)これらの面々は、当然党大会には一切見られなかった。

マイケル・コーエンあたりはSNSで頻繁にトランプ批判を展開しているので、普通だったら党大会の最中に暴露系TikTok動画をぶつけてきそうなものだったが、暗殺未遂の直後とあってさすがに謹んだようだ。今のこのタイミングでは、正当な内容であってもトランプ批判はしにくい。

ただ、大統領選本選までは3カ月以上ある。今のトランプの“融和・結束”路線は、事件を受け勢いに乗った一時的な戦略なのか、それともトランプ政権2期目は本当の意味で結束を目指していくのか。それを見極めるために、彼らのようなトランプをよく知る反トランプ派が今、何を発信するか、どういう姿勢を取るのかが、重要なヒントになるかもしれない。

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(ここは、バイデン撤退表明後に書いています)
あくまで私個人の見解ではあるが、ハリスがトランプと互角に戦えるかはかなり厳しいと思う。アメリカの大統領選は長い人で約2年をかける長期戦で、その間に全米を回ってアピールして地道に自分を知ってもらうもの。副大統領として公務に尽くしてきたとはいえ、これまでバイデン政権も民主党もメディアも、ハリスの活動にはほとんどフォーカスを当ててこなかった。政治に関心のない有権者にとっては、「今になって急に出てこられても、ハリスって知らなすぎて判断できない」というのが本音だと思う。何年も前から健康不安が取り沙汰されていながら81歳のおじいちゃんに頼らざるを得なかったのには、それなりに理由がある。

というわけで、11月の大統領選は致命的なボロを出さない限りどう考えてもトランプが有利だ。ただ、仮に共和党政権に戻るなら、民主党だけでなく共和党も「こんなはずじゃなかった」とならないために、トランプの言う「結束」が本物なのか、確かめておくべきだと思う。そのとき、上記のような、トランプを知り尽くした反トランプ派の具体的なエピソードはかなり役立つのではないだろうか。

8月の民主党大会では、トランプ前政権をクビになった人や自ら去った人たちをできるだけ多く招いて、各々の体験を語ってもらえたら面白いのにな、と私は密かに思っている。


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