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「訴追されない」ダメージ 機密文書持ち出し事件”収束”は共和党がバイデン下ろしに本気出した証?

バイデン氏が副大統領時代の機密文書を不正に自宅に持ち出した件について、8日、米司法省はロバート・ハー特別検察官(共和党。もともとトランプ氏の指名を受けたメリーランド州連邦検事長)がまとめた捜査報告書を公表。「バイデン氏は故意に書類を持ち出したが、疑惑を超えるだけの証拠がないので訴追は求めない」と結論づけたことが分かりました。

ロバート・ハー特別検察官

この件は、2022年夏にトランプ氏が大統領時代の機密文書をフロリダの自宅「マール・ア・ラーゴ」に不正に持ち帰ったことが発覚したことに端を発するものです。バイデン氏はこのとき、「無責任だ」とトランプ氏を強く非難しましたが、同年11月にはバイデン氏の自宅からも副大統領時代の機密文書が大量に見つかって「お前もじゃねーか」という事態に。司法省が双方に特別検察官をつけ、捜査が行われる異例の事態になっていました。トランプ氏の方は、この件でスパイ防止法違反で起訴され、5月に公判予定です。

ところで、バイデン氏にしろトランプ氏にしろ、機密文書持ち出しを罪に問うかは「うっかりではなく故意に持ち出したか」が焦点です。バイデン氏の件は、検察が「故意だった」としたにも関わらず「訴追要求はしない」という結論に至ったということで、一見不可解ですが、そもそもハー検察官の落としどころは初めから訴追云々ではなかったでしょう。

むしろ今回の報告書は、共和党が茶番でなく本気でバイデン下ろしに乗り出したサインと見るべきかもしれません。私は報告書原文を全部読んだわけではありませんが、メディアの報道内容をもとに分析してみます。

どうせ無実になるなら、別口からとことん攻撃

ハー検察官が訴追要求を見送ったのは、「訴追要求したって意味ないから」というシンプルな理由に尽きると思います。

訴追要求をしたところで、その後は司法省の正式な訴追判断があり、それにはバイデン氏肝入りの司法長官、メリック・ガーランド氏という壁を突破しなければなりません。現実的にほぼ不可能です。

メリック・ガーランド米司法長官

仮に訴追にこぎつけたとして、裁判になれば「故意だった確固たる証明」を陪審員が全員一致で認めなければ有罪になりません。「故意・悪意の証明」というのはよほど決定的なやりとりが記録されているか、被告本人が認めるかでなければまず無理です。報告書でも、「裁判になれば、『うっかり持ち出しちゃっただけで悪意は見られない』と考える陪審員も出てくるに決まってる」と、もはや検察側も諦めモードです。

そこで、ハー検察官は「バイデン氏が機密文書を持ち出したのは故意」と断言しつつも、無理に「訴追」という形を取らず、むしろ「国家機密情報を、うっかり漏らす恐れのある人間が、大統領でいいのか」と、バイデン氏の資質そのものに論点を移しました。報告書では、300ページ超とたっぷりページを割いて、バイデン氏の記憶力の低下やシャープさに欠けた言動の例を挙げ、バイデン氏が大統領を担うのがいかにヤバいかを説いています。メディアで主に抜き出されているのが、以下のようなポイントです。

  1. 2017年2月、バイデン氏の回顧録「Promise Me, Dad」を担当したゴーストライターとバージニア州の自宅で話したとき、「下の階に2009年のアフガニスタンとの外交資料がある」と言って著書執筆の資料に使おうとした 
    →ゴーストライターと機密情報をシェアするほど注意力が欠落。しかも当時は現役の副大統領ですらなかったので、自分自身すらその情報を利用する権限がないので、そういうことを考える判断力もない

  2. 実際にその記録があったのは、バージニア州でなくデラウェア州の自宅の方。しかもガレージで、つぶれたような箱に入っていた 
    →場所を間違うとか、記憶力がヤバい。扱いも機密文書にしては雑すぎ

  3. ゴーストライターとの会話の音声記録によると、バイデン氏の話し方が「苦痛なほどにスロー」。一言一言一生懸命思い出しながら話している様子
    →加齢により思考力が低下している模様

  4. 捜査官との会話はもっと酷かった。自分がいつ副大統領だったか、いつ退任したか、いつ自分の息子が亡くなったかも覚えていなかった。アフガニスタンの外交方針の記憶もあいまいで、同盟組織を敵対組織と勘違いした
    →記憶力も思考力もヤバい

報告書は345ページあるので、これらはごく一部なのでしょう。

これを受けてバイデン氏は8日夜に会見を開いたのですが、かなりお怒りの様子でした。

「ゴーストライターと機密情報をシェアした」との疑いには「シェアしてない」と真っ向否定。

記憶力の低下については「私の記憶力は問題ない」と一蹴。

息子がいつ亡くなったかを覚えていないという点は「彼らには関係ないことだ。息子の話を持ち出すとは、なんて恥知らずな」と激怒し、神に祈るような仕草をしました(バイデン氏はカトリック教徒)。

2015年の5月に脳腫瘍で死去した長男ボー・バイデンに関しては、バイデン氏はとりわけ敏感です。これまでも「ボーの早逝を自分の支持獲得のために政治利用している」などという一部報道があり、冷静さを欠くレベルで怒りを露わにしたことが多々ありました。

ボー・バイデン氏(2015年に死去)

ただ、特別検察官ともあろう人が、考えなしに人の生き死にが絡む内容を批判材料として挙げたわけではないと思います。ボーの件を盛り込めばバイデン氏が憤慨し、それが余計に「バイデンと検察官のケンカ」という形で世間の注目を集め、引いては大統領選渦中の今「バイデンの認知力に疑問を呈した報告書」がより大きなニュースとして扱われる、という流れを読んで、あえれボーのことを盛り込んだのではないでしょうか。

そもそも今回の報告書、法律のプロが作った割にはかなり主観的です。例えば、「バイデン氏の話し方が苦痛なほどにスロー」というのは、誰基準で「苦痛なほどスロー」なのかが曖昧です。弾丸トークを好む人がいれば苦手な人もいますし、ゆっくり話す人に好感を持つかイラつくかは人それぞれで、法的な意味合いではなおさら「事実」にはなり得ません。検察官がそれを理解していないはずはないので、印象操作を活用してバイデン氏の高齢問題を公に掘り返すことには、事実を羅列した訴追よりも価値があると判断したのだと思います。

「独立性」重視の特別検察官がバイデン批判に参戦することの意味

バイデン氏の加齢を問題視する声は、前回2020年の大統領選でもありましたが、今回の選挙戦では共和党から事あるごとに上がっています。ところが、あまりに「あっちでもこっちでも」という感じで声高に叫ばれるので、最近では注目度はあれど少し飽きられてきた感が出てきていました。

そんな中で、本来政治と独立しているべき立場の特別検察官からこの問題を持ち出せば、バイデン氏の高齢問題を改めて「理論立てて」フレッシュな角度から攻撃でき、飽きられ始めた議論に再びスポットライトが当てられることになります。要は、バイデン氏をとにかく大統領の座から引きずり下ろし、与党の座を奪い返すという共和党の構想に一役買ったわけです。

ハー検察官が実際に、共和党と結託して報告書をバイデン叩きに利用したかはわかりません。純粋に政治関係なく自分自身で「こんなに認知力低いのに核ボタン握らせたら絶対やばいだろ」と判断したので、危機感を感じて世に知らしめたかったのかもしれません(本来の仕事ではありませんが)。ただ、少なくとも表向きには中立性が求められる特別検察官がこのような報告書を出してきたということは、共和党が今、いかになりふり構わずバイデン下ろしにかかっているかを物語っているように思います。

ところで、ハー氏が2022年にガーランド司法長官から特別検察官に任命された当時の声明では「フェアで偏りなく公平な捜査を遂行する」と宣言していました。さらに、かつての上司だったロッド・ローゼンスタイン元副司法長官はハー氏について「ロブは政治を無視して問題の本質にフォーカスする必要性をよく理解している。偏った政治的論争に惑わされることのない人物」とコメントしています。

今回の報告書の内容がこれらを体現したと見るかどうかは、言わずもがなです。

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