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【第29回】正直TKA,過去-15:過去から現在へ:温故知新と吾唯足知(吾唯足るを知る):その2

阪和第二泉北病院 阪和人工関節センター 総長
格谷義徳 かどや よしのり

前回,適応症例の拡大に伴う満足度の低下への対応としては、以下2つの方法が考えられることを述べた。

①手術手技を改良して術後機能を向上させる
②十分な機能向上を見込めない症例を除外する(適応症例を拡大しない)

この2つの選択後どちらを選ぶべきかは“時と場合による”のだが,これを1980年代初頭に導入されたMeasured resection techniqueを例にして考えてみよう。

TKAの黎明期から約10年が経過して,旧来のOriginal gap techniqueで手術した症例に,joint lineの上昇やmid-flexion instabilityといった問題点が顕在化してきた。それらを踏まえて,

●解剖学的構造の維持
●生理的運動の再現

を目指したのがMeasured resection techniqueである。具体的にはPCLを温存し,関節面形状を平坦にして生理的運動の再現を目指したデザイン・手技である。その成り立ちから考えても当然ではあるが,変形や破壊が強い症例には適用できず,手技的にはやや難易度が高い(technically demanding)。すなわち,

●旧来法:どんな症例にも行えて,ある程度の成績が得られる術式
●改良法:症例を選んで上手くやれば旧来法よりよい成績が得られる(と思われる)術式

という図式が成り立つ。

1980年代初頭のMeasured resection techniqueの導入はある意味理にかなっていたと思う。Original gap technique特有のjoint lineの上昇やmid-flexion instabilityを解決し,術後機能を向上させるために,解剖学的構造の温存,生理的運動の再現を目指すのは当然の成り行きだったといえよう。

賢明な読者の方はもうお気付きかもしれないが,実はこの2つの術式(旧来法と改良法)の成績を単純に比較することはフェアではない。導入経緯(時間軸)を考慮に入れれば,もともとの戦う土俵が違うからだ。つまり改良法(PCL温存+Measured resection)の導入は適応症例の拡大(軽症化)と連動している。ここは大事な部分だからしっかり認識しておこう。

最初はどんな症例にでも適用できる(万能性のある)PCL切除+Gap techniqueで手術が行われる。それしかできないのだから選択の余地はなく,妥協せざるをえない部分も多い。そしてある程度の好成績が確立された段階で,さまざまな不都合(重症例では致し方ない)の改良を謳ってMeasured resection techniqueが導入されるという図式である。つまり,エグい症例をやりつくして美味しい症例が多くなってきた頃合いに,もっとよい点数が取れる(かもしれない)という触れ込みで導入されたのがPCL温存+Measured resection法だったのだ。この経緯(時間軸)を考えれば,もともと両者は戦う土俵が違うことが分かる。

蛇足ながら付け加えると,PCL温存+Measured resectionは “Anatomical”,“Physiological”,”Normal”,“Natural”といった耳触りのよい言葉とともに導入された。どの文言も“人間って素晴らしい!”,“それに向かってチャレンジしよう!”的な響きがあり,聞き心地がよい。多くの術者が“なんとなくよさげ”と感じてしまうのも無理はない。いわばTKA業界のルネッサンスみたいな時期だったのかもしれない。ある意味,夢と希望にあふれていた時代だったのだろう。

そして当時,鳴り物入りで導入されたのがPorous Coated Anatomical(PCA)型である。その成績はどうだったかご存じだろうか? 実は使用されたPolyethyleneの製造方法(heat pressed PE )に問題があったこともあり,平坦な関節面形状も相まって著しい摩耗が生じる症例が多発した。この出来事は,“膝関節を手持ちの材料(現実的にはごく限られている)で表面置換しようとすると,材料の特性・耐久性から逆算してデザインが決まってくるのが道理(必然)である”というFunctional approachの重要性を再認識させてくれる。本当の温故知新とは,個々の機種の栄枯衰退ではなく,もっと俯瞰的なデザイン・手技の本質に関して理解することなのだろう。

翻って現況を考えると,TKAの満足度がTHAに及ばないという前提(私自身はこのことについても非常に懐疑的である)で,術後機能の向上を目指してさまざまな試み(チャレンジ)がなされている。近年のKAの導入に代表されるAlignment狂騒曲はその代表で,UKAやHTOも含めてもよいかもしれない。それらの最近の所謂“チャレンジ”を1980年代初頭のMeasured resection techniqueと比較してみよう。以下の2つのパラグラフを比較していただきたい。

① Measured resection techniqueは
旧来のOriginal gap techniqueで顕在化してきたjoint lineの上昇やmid-flexion instabilityといった問題点を踏まえて,
●解剖学的構造の維持
●生理的運動の再現
を目指したものである。具体的にはPCLを温存し,関節面形状も平坦にして生理的運動の再現を目指したものである。当然だが変形や破壊が強い症例には適用できず,手技的にはやや難易度が高い(technically demanding)という欠点もある。すなわち,
●旧来法:どんな症例にも行えて,ある程度の成績が得られる術式
●改良法:症例を選んで上手くやれば旧来法よりよい成績が得られる(と思われる)術式
という図式が成り立つ。

これは既出の文章の全コピーである。それに対応する形で最近の“Alignment狂騒曲”を記述してみると,

② Kinematic Alignmentに代表される各種Alignmentは
TKAの満足度がTHAに及ばないという問題を踏まえて,
●解剖学的構造の維持
●生理的運動の再現
を目指したものである。具体的には関節面形状や運動軸を温存して生理的運動の再現を目指したものである。当然だが変形や破壊が強い症例には適用できず,手技的にはやや難易度が高い(technically demanding)という欠点もある。すなわち,
●旧来法:どんな症例にも行えて,ある程度の成績が得られる術式
●改良法:症例を選んで上手くやれば旧来法よりよい成績が得られると(思われる)術式
という図式が成り立つ。

と驚くほどのアナロジーをもって記述できる。

すなわち“美味しい症例”に“それならできる”&“手技的には難しい”けれど“夢のありそうな”手術手技が“耳障りのよいキャッチフレーズとともに”導入されるという構図は今もまったく変わっていないのだ。歴史は繰り返すと言われるが,これはよく考えると大問題である。

1980年代のチャレンジなら正当化できるだろう。旧来のPCL切除+Original gap techniqueでは実際に問題が生じていたし,より解剖学的で生理的な手技,デザインを模索して機能向上を目指すのは当時としては当然であっただろう。しかし開発から50年以上経過したTKAにおいては,成熟した分野だからこそ“足るを知る”ことも非常に重要になってくる。“チャレンジ”という美名の下に,歴史を知れば行われないような試みが正当化されていないか? そのような健全な懐疑心を持つことこそが本当の“TKAの民度”であろう。

人工関節の歴史は実は“失敗の歴史”でもある。PCAの摩耗の問題を始めとした,過去に成績不良により捨て去られたデザインや手技は枚挙にいとまがない。だから過去にあったことをよく調べ,学び,現代への認識を深めたうえで,同じ間違いを繰り返さないことが一番重要になってくる。混迷を深めている昨今のTKA業界において,求められるのは正しい意味での“温故”であり,具体的にはFunctional approachの原点デザインである耐摩耗性の問題を忘れないことだろう。だから機能の向上を追求するにしても,あくまでも材料学的な耐久性(耐摩耗性)を担保したうえで行うべきなのだ。最近のAlignment狂騒曲は“Normal”の代わりに“Naive”,”pre-arthritic”, ”personalized”といった個性(多様性)を強調する言葉が多用されるようになっただけで,本質的には変化していないと私は思う。このような美辞麗句に多くの術者が惑わされてしまうなら,残念ながら“TKAの民度はまったく上がっていない”ということになってしまう。

(つづく)


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