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第23回 造影剤−安全を手にするまでのあれこれ:シカールの試み

Jean-Athanase Sicard(1872〜1929年)

この原稿は2024年3月31日に書いており,明日からは新年度が始まる。日大では1年目の研修医に対して,部活の勧誘のように各科の紹介というオリエンテーションが数日にわたって行われる。放射線科の研修は研修医2年目からであるが,少しでも研修に来てほしいのでオリエンテーションにかける思いは強い(勧誘って観点でも)。われらはCT/MRI造影剤の適応と画像が読めると得だぞーということを話す予定である。

造影剤の適応について整形外科の読者はあまりなじみがないと思うが,必要なときには造影剤を使ったほうが画質よし,コントラストよし,診断効率よし,といいことずくめである。ただし,造影剤を使うためには,アレルギーの有無(喘息があると使えない),造影剤と組み合わせの悪い薬の服用の有無,腎機能のチェック,患者の合意など,ハードルがいくつかある。大学病院のように放射線科医がいる所は問題ないが,いない施設では造影剤のアレルギー対応ができないという理由で造影剤を使用しないことが多い。非常にもったいない。

造影剤は,レントゲンがX線を発見した頃より開発が進められている。原子番号が大きいものはX線を吸収し,小さいものはX線を通過させる。言い換えると,固いもの(金属)はX線を吸収し,軟らかいもの(空気)はX線を通過させる。この原理を利用して造影剤が開発されるのである。初期には消化管造影でのセメントの利用などが行われていた。経静脈性の造影剤ではヨード(ヨウ素)を用いた尿路造影が最初に開発された(NaIを用いる)。当時のヨード造影剤は今より描出能が弱いことと,血管に入れると熱感や刺激性が強かったことより,これらの副症状のない二酸化トリウム(ThO₂)コロイド(製品名はトロトラスト®)が使用されることになった。トロトラスト®は造影能力が高く,血管内投与すると肝・脾・リンパ節・骨髄に沈着し排泄されなかった。投与後単純X線写真を撮影すると肝臓と脾臓が高濃度に描出された。トロトラスト®がヨード造影剤と異なるのは排泄されないことと,放射能(α線)をもつことであった。トロトラスト®のもつトリウムの半減期は約140億年であり人間の寿命を大きく超えるものである。使用開始後20年でトロトラス®が原因と思われる肝腫瘍が発見された。これをきっかけにトロトラス®の使用はなくなっていくが,それでも多くの犠牲者が存在している。

また,造影剤はヨードに油を加えたものも開発されている。リピオドール®が代表的である。リピオドール®はヨウ素にケシ油を加えたものである。当初,甲状腺疾患やリウマチ疾患の治療薬として用いられていた(疼痛に対して効果があるらしい)。これをX線造影剤に応用したのがJean-Athanase Sicard(シカール)とJacques Forestier(フォレスティエ)である。もともと腰痛治療で硬膜外注射をしていたが,フォレスティエがうっかりくも膜下腔に刺してしまった。X線透視で眺めると体位に応じて造影剤が動くのを観察できた。また,副作用もなかったため造影剤として利用することにしたわけである。シカールは気管支造影や肺結核や脊椎カリエスの瘻孔経路の同定,骨転移の硬膜病変の評価などを行っている。気管支の評価は気道刺激性が強い造影剤が多かった当時ではなかなか検査できなかったが,リピオドール®がそれを可能にしたとされる。その後,水溶性ヨード造影剤の開発によってリピオドール®は下火になっていくが,今でも子宮卵管造影やリンパ管造影,肝細胞癌の治療などでも用いられている。

シカールはフランスのマルセイユ出身の医師である。神経解剖学に興味をもち,その一環でリピオドール®の造影剤使用を確立した人物である。Collet-Sicard症候群にその名が残っている。Collet-Sicard症候群は頚静脈孔を通過する第9〜12神経を障害する疾患群であり多くは腫瘍とされる。

(『関節外科2024年 Vol.43 No.6』掲載)


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