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【ドローン最大の冤罪事件】ガトウィック空港ドローンミステリー

英国ロンドン・ガトウィック空港がドローン(drone)の目撃情報によって2018年12月19日夜から一時閉鎖し、約14万人の利用客に影響が出た事件は、いまだドローンによる害悪の例として語られることが多い。しかし、結論から言えば事件の最終調査報告でもドローンの関与を示す証拠は確認できなかった。

後に『The Guardian』などのマスメディアから「ネス湖のネッシー」にかけて「ガトウィック空港のドローン」と揶揄されることになった本事件は、ドローン最大の冤罪事件であり、ドローンに対する甚大な風評被害をもたらした。本稿ではこの「ガトウィック空港ドローン事件」(Gatwick Airport drone incident)とは何だったのかを概観する。(尚、本稿は過去のTweetをまとめたものです。)

本事件に関する利害関係(Competing interests)

本事件に関するCompeting interests(Ethics declarations)としてまず断らなければならないのは、私が世界初の空港専用カウンタードローンシステム(C-UAS)を企画し、開発を指揮しており、3つの空港と導入契約を締結し、実際に空港(ガトウィック空港ではない別の国際空港)でトライアルを行っていたという事実である。当時は本事件に関する利益相反の立場にあり、本事件がドローンによるものだった場合、利益に繋がる状況であった。

しかし、事実は本事件にドローンの関与は確認されず、本稿もドローンの冤罪を晴らすためのものである。もちろん、本事件自体にも関係していない。現在の利害関係としてはドローンの第一人者としてドローンの風評被害を解消することを目的としている。

ガトウィック空港ドローン事件の概要

2018年12月19日(水曜日)21時過ぎ、ガトウィック空港で勤務を終えたばかりの空港警備員が帰宅のため現場のバス停に立っていたところ奇妙なものを目にする。彼はすぐにガトウィック空港のコントロールセンターに電話し、自分が見たものを報告した。

彼が目撃したと主張したのは空港を飛行する2機のドローンだった。1機は空港施設内の車両の上を、もう1機は近くの境界線フェンスに沿って飛行しているようだった。空港での無許可ドローンの飛行は航空機と衝突の恐れがあるため危険である。彼のメッセージは上層部に伝えられ、数分後にはガトウィック空港の唯一の滑走路が閉鎖となり、全てのフライトが中断された。

それからの30分、警察や空港警備車両がライトを点滅させ、サイレンを鳴らしながら空港内を走り回り、ドローンの操縦者を威嚇しようと試みたが効果なく、午前0時を過ぎると再び目撃情報が寄せられるようになった。翌朝までにサセックス警察(Sussex Police)以外の5つの所轄が動員され、警察のヘリコプターやドローンが捜査に投入されたが、何も発見するできなかった。

最終的にガトウィック空港は33時間にわたって閉鎖されることになった。このイギリスで2番目に大きな空港の閉鎖によって1,000便以上のフライトがキャンセルされ、クリスマス休暇で賑わう乗客14万人以上が影響を受けた。

目撃情報あれど証拠なし

ドローンの目撃情報は合計で170件が報告され、そのうち115件が警察によって「信憑性あり」と判断された。しかし、ドローンを目撃したと証言する人も現場にいた何千人もの乗客や空港スタッフも誰一人として携帯やスマホで写真や動画を撮影した者はいなかった。

報道陣が撮影した写真は全てヘリコプター

それどころか、ガトウィック空港に2日間キャンプしていた報道陣ですら誰一人として空港を飛行するドローンの証拠写真や証拠ビデオを撮ることはできなかった。実際には報道陣が何も撮影できなかったという訳ではない。丸2日間張り込んだ報道陣は目撃情報に合わせてドローンと思われた謎の飛行物体の撮影には成功していた。ただ、撮影に成功したドローンと思しき謎の飛行物体を拡大して確認するとそれらはドローンではなく全てヘリコプターだった。

軍用アンチドローンシステムに反応なし

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2018年12月20日(木曜日)18時、戦場用アンチドローンシステム(ドローンを検出・追跡・無効化するカウンタードローンシステム)を積んだ英国軍トラックがガトウィック空港に到着。南ターミナルの屋上に設置され、22時頃から稼働したが、その後の目撃情報にも拘らずアンチドローンシステムがドローンを検出することはなかった。

夫婦を犯人として誤認逮捕

2018年12月21日(金曜日)、サセックス警察はPaul GaitとElaine Kirkの夫婦を事件の犯人として拘束したが、誤認逮捕であることが判明し、後日釈放された。2020年6月、サセックス警察は夫妻と和解し、誤認逮捕に対する20万ポンドの損害賠償と弁護士費用を支払うことで合意した。

壊れたドローン機体

2018年12月23日(日曜日)、サセックス警察はガトウィック空港付近で破損したドローンが発見されたと発表するが、その後のドローンフォレンジック結果として事件とは無関係であることが判明した。

目撃証言に固執する警察

2018年12月23日(日曜日)、サセックス警察DCS(Detective Chief Superintendent)のJason Tingleyは「(ガトウィック空港に)そもそもドローンは飛行していなかった可能性がある(always a possibility that there may not have been any genuine drone activity in the first place)」ことを認めている。

しかし、2018年12月29日(土曜日)、サセックス警察署長Giles Yorkは目撃証言以外何の証拠もないにも拘らず「(ガトウィック)空港が閉鎖されている間ドローンが飛行していたことは間違いない(absolutely certain a drone was flying throughout the period the airport was closed)」と発言し、誤認逮捕を擁護。目撃証言に固執した警察は、79万ポンドをかけて1,200件の家宅捜索を行い、222人から目撃証言を集め、96人を参考人と特定して事情聴取したが、何の証拠も得ることはできなかった。

警察の捜査打ち切り

警察は「新たな情報が明らかにならない限り、これ以上の現実的な捜査線はない」として、2019年9月27日にガトウィック空港ドローン事件の捜査を打ち切った(便宜的に「最終調査報告」と呼ぶ)。目撃証言から少なくとも2機のドローンが飛んでいたとして「空港の運営と旅行者の安全を脅かすことを目的とした重大かつ意図的な犯罪行為」と結論付けたが、テロに関連したものでも国家が支援したものでもキャンペーンや利益団体が主導したものでもないと断定した。だが、結局のところ最終調査報告でもドローンがガトウィック空港を飛行していたという証拠は警察から何も提示されなかった。

警察は調査報告書の公開を拒否

2020年、PA通信(PA news agency)はガトウィック空港ドローン事件の調査報告書を開示するよう情報公開(FOI)請求したが、警察が調査報告書を公開することも情報公開請求への公式な回答を行うこともなかった。その後の追及にサセックス警察は調査報告書を準備していると発表した後、一転して情報公開法の免除規定を適用したことを明らかにした。

この一連の警察による情報隠蔽の動きに対し、誤認逮捕された夫婦は2021年6月に非難声明を出している。

学術的に否定される目撃証言の信憑性

イギリス航空事故調査局の嘗ての局長Percy Walkerが航空事故の目撃証言は「almost always wrong」で信用できないと語っている。アリゾナ州立大学のDave EnglishとMichael Kuzelの学術研究『Reliability of Eyewitness Reports to a Major Aviation Accident』(2014)でも分かるように「人間の目は高速で動く遠方の物体を正確に見極めることは困難」という科学的見解に変更はない。警察が固執したドローンの目撃証言は学術的に証拠として全く信憑性のないものである。

警察による偽装説

多くのミステリー事件と同様、ガトウィック空港ドローン事件にも陰謀論的な説が存在する。代表的なものは「警察による偽装説」「ガトウィック空港買収工作説」「利益団体によるキャンペーン説」である。「警察による偽装説」はドローンの第一人者であるGary Mortimerが紹介している「空港システムハッキング事件捜査のための警察による偽装説」である。

当時、ガトウィック空港は航空機の離着陸を妨害するサイバー攻撃を受けており、空港システムハッキングの犯人を警察がドローンで捜索していたというものである。警察がハッカーを捜索するためにドローンを飛行させており、そのドローンを目撃されたことが発端というものだ。

警察はドローン目撃情報をそのまま利用することで空港を閉鎖し、ドローン捜査を偽装してハッカー捜査を継続した。その後、ハッカーは標的をガトウィック空港からバーミンガム空港に変更したことで、2018年12月23日(日曜日)にバーミンガム空港でフライト中止に至る大規模なシステム障害が発生したという仮説である。状況的な辻褄は合うが、もちろんこの陰謀論に確証はない。

ガトウィック空港買収工作説

買収工作説はガトウィック空港を買収するためにガトウィック空港の株価を暴落させる工作だったという陰謀論的な仮説である。ガトウィック空港ドローン事件発生の一週間後、フランスVinciグループのVinci Airportsがガトウィック空港株式の過半数(50.01%)を取得した。

もちろん、この仮説にも確証は存在しない。たといこの仮説が事実だったとしても本当にドローンを飛行させるリスクを負う必要はなく、虚偽の目撃情報をでっち上げればいいだけであり、実際にドローンを飛行させた可能性は極めて低い。

利益団体によるキャンペーン説

利益団体によるキャンペーン説は警察が否定しているが、逆にこちらも確証がある訳ではない。軍用アンチドローンシステムが投入されてからもドローンの目撃情報が続いたことを鑑みれば確かにキャンペーンとは考え難い。目撃証言にも拘らずドローンを検出できなかったとなるとカウンタードローンシステム(C-UAS)のキャンペーンとしては完全なマイナスプロモーションである。

しかし、総体として世間に与えた衝撃は絶大であり、後にガトウィック空港はじめ世界の主要空港がC-UASを導入するきっかけとなったのは間違いない。よって、可能性は低いが、キャンペーン説を完全に否定することができないのも事実である。

ただし、この場合も本当にドローンを飛行させるリスクを負う必要はなく、虚偽の目撃情報を捏造すればいいだけであり、万が一にも証拠が残る恐れを冒してまで実際にドローンを飛行させた可能性は極めて低い。

ドローンは飛行していなかった蓋然性が高い

誰もが携帯やスマホで写真を撮れる状況でありながら目撃者の誰一人としてドローンを撮影した者はおらず、警察や空港警備が駆けずり回り、報道陣が丸2日間張り込んだ厳戒態勢であったにも拘らずドローンを撮影したメディアは存在しない(ドローンを撮ったと思った写真や動画は全てヘリコプターだった)。軍用アンチドローンシステムでも検出されず、そもそも目撃証言の信憑性は科学的に無いに等しい。

また、陰謀論的仮説「空港システムハッキング事件捜査のための警察による偽装説」でも無許可ドローンが飛行していた訳ではなく、その他の陰謀論的仮説でも実際にドローンが飛行していた可能性は極めて低い。

2019年9月27日の最終調査報告でも、2020年6月の夫妻に対する誤認逮捕和解合意においても、警察はドローンがガトウィック空港を飛行していた証拠を提出すことができなかった。それどころか、2021年には調査報告書の情報公開請求を警察は情報公開法の免除規定を適用して拒否している。

上述の通り、ガトウィック空港ドローン事件における全ての矢印が示している事実は極めてシンプルだ。事件の発端は単なる「見間違い」であり、「そもそも無許可ドローンはガトウィック空港の上空を飛んでなどいなかった」ということである。

空港にカウンタードローンシステムは不可欠

【群ドローン(ドローンスウォーム)】とは何か?』で書いた通り、救急医療ドローンやドローンデリバリーで医療サプライチェーンに変革をもたらし、インフラ点検や警備、スマート農業やスマート測量など「Society 5.0」でゲームチェンジャーとなるドローンだが、残念ながら「未来の大量破壊兵器」とも言われる「群ドローン」(drone swarm)による「群ドローン攻撃」やAI(人工知能)搭載自律型ドローンによる対人攻撃などの脅威を併せ持つのが現実である。

ガトウィック空港ドローン事件自体は冤罪である蓋然性が高く、ドローンによるものではないと考えるのが自然であるが、事件を契機に主要空港にカウンタードローンシステム(C-UAS)が配備されたように、空港と航空運航の安全確保のためにはドローン対策が必要不可欠である教訓となった。

デュアルユースのパースペクティブ

民間利用だけを考えていては民間分野に限った使用であっても安全性を確保し、ドローンにより派生する脅威を防ぐことはできない。ドローンをはじめとしたテクノロジーはデュアルユース(軍民両用)の視座に立った研究開発・事業企画が要諦であることをガトウィック空港ドローン事件は明確に示している。

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