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【試し読み】『2020+1 東京大会を考える』日本オリンピック・アカデミー会長望月敏夫氏による序文「刊行にあたって」を公開します。

以前に発売の告知をさせていただいたオリンピック本『2020+1 東京大会を考える』、本日発売になりました!

『2020+1 東京大会を考える』は日本オリンピック・アカデミー(JOA)のメンバーが、大会を検証し、総括する内容です。大会が終了した後、「大会の評価を後世の歴史家に委ねるのではなく、自分たちが見たこと感じたこと行ったことを自分たち自身で総括して世に残し、オリンピックの発展に活かしたい」との思いが会員全員で一致したことが、本書の刊行につながりました。

発売にあたって、この本の序文である「刊行にあたって」を公開いたします。これまでオリンピックと正面から向き合い、真摯に考えてきたJOAのメンバーが、どんな心情、姿勢で本書の刊行を決め制作したのかが伝わる内容です。
あの賛否両論のあった大会を、終わったこととして通り過ぎず、未来につなげようとする人たちがいます。是非読んでみてください。

~刊行にあたって~

 オリンピックは生き物で時代の流れや環境に応じて変化すると言われます。確かに歴史を見ると、アマチュアリズムの放棄、女性の進出、民間資金の導入などの構造的な変化がありました。近年はオリンピック改革の一環として、開催都市決定プロセスの変更や難民選手団の創設などオリンピック憲章のなし崩し的修正も頻繁に見られます。進化論ではありませんが、いずれもオリンピックが生き延びるための変化と言えます。  

 さて東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会もこのような流れの中にあります。パンデミックや暑さへの対策のため、聖火リレーの方式変更、一部競技の札幌移転、1年延期、無観客開催、また開催懐疑論の広がりなど、近年の大会のスタンダード版から外れた措置や現象が少なからず見られました。1年延期されたために日本国内の「政治の季節」と重なった影響も無視できません。  

 この大会変容をどう評価するか、人によって見方が分かれます。コロナ流行に耐えて競技日程をすべて予定通りにこなした点に着目し肯定的評価をする人もあれば、一般国民がこぞって歓迎したわけではなく、オリンピックが持つべき祝祭感も欠けていたとして辛口の評価をする人もあります。一体何を基準にしてどこを見て大会の成否を評価すれば良いのかという入り口で迷う人もいます。こうして世論は二極化、多様化していきました。

 言うまでもなく、オリンピックは国際社会と国内社会のありさまを映し出す鏡と言われるだけに、多種多様な側面を持っています。今回の東京大会のような特殊要因が重なればなおさらです。その一側面だけを見て賛同ないし批判しても全体の評価にはなりません。各国で反オリンピックの世論に直面しているバッハIOC会長は、ネガティブ面だけでなくポジティブ面も併せ見てほしいと口癖のように述べていますが、なかなか個人一人ですべての側面を検証して全体像に迫るのは容易ではありません。やはり様々な意見、特に識見の深い専門家や広い経験を有する実務者の考えを聞くことが全体の姿を理解するカギになると信じます。

  私たち日本オリンピック・アカデミー(JOA)は国際オリンピック・アカデミー(IOA)傘下の国別組織の一つとして、オリンピズムの拡大と深化を目的とする特定非営利活動法人です。日本の社会を反映する様々な職種の会員で構成されており、これまで43年にわたりそれぞれの立場でオリンピックに関与してきました。東京2020大会の準備過程や開催中も様々な形で協力しました。大会が終了した今、大会の評価を後世の歴史家に委ねるのではなく、自分たちが直接見たこと感じたこと行ったことを自分たち自身で総括して世に残し、オリンピックの発展に活かしたいとの思いで一致しました。

 本書は、東京2020大会を特徴づける多様な側面について、それぞれに精通した専門家と実務者が描いた作品を一堂に集めたものです。当然、執筆者各自の信念や体験も多様ですので、皆それぞれ視点や表現も異なる多彩な意見の発表の場となりましたが、ここに敢えてそのまま載せました。
 ただ立場や意見が違っても、すべての執筆者を貫いている共通点はオリンピックの愛好者であるとともにオリンピズムの信奉者であることです。現状を憂いたり喜んだりしつつオリンピックの将来を真剣に考えその価値を社会改革にも活かしたいとの思いを共有しています。本書に掲載されている各執筆者の論考にもこのような思いが底流となっています。

 本書が東京2020大会のレガシーの一つとなって、今後のオリンピック・ムーブメントの発展に寄与する一助となれば幸いです。

2022年2月  
特定非営利活動法人 日本オリンピック・アカデミー会長 望月敏夫

『2020+1 東京大会を考える』より

<執筆者紹介>(掲載順)
※執筆者は全員、日本オリンピック・アカデミー(JOA)会員

 結城和香子(ゆうき・わかこ)
東京大学文学部卒。読売新聞東京本社運動部、シドニー支局長、ロンドン支局員、アテネ臨時支局支局長等を経て2011年から編集委員。国際オリンピック委員会(IOC)の取材を28年近く担当。2020年東京大会を含む、1994年以降の夏季・冬季五輪14大会と、夏季・冬季パラリンピック9大会を取材。文部科学省オリンピック・パラリンピック教育有識者会議委員、スポーツ庁スポーツ審議会委員などを務める。JOA副会長。

望月敏夫(もちづき・としお)
1966年東京大学卒業後外務省入省。在スイス公使時代にIOCを担当、関西担当大使時代に大阪招致を支援、駐ギリシャ大使時代にアテネ大会の公式リエゾン役。2007年より2度の東京招致担当大使。この間早稲田大学大学院で「スポーツと政治・外交」講義を担当。日本パラスポーツ協会評議員、国士舘大学大学院客員教授、早稲田大学招聘研究員等。JOA会長。

佐藤次郎(さとう・じろう)
1950年横浜生まれ。中日新聞社に入社し東京新聞の社会部、特別報道部をへて運動部勤務。オリンピック6回、世界陸上5回を現地取材。運動部長、編集委員兼論説委員を歴任。退社後スポーツライターとして活動。ミズノ・スポーツライター賞、JRA馬事文化賞を受賞。著書に「東京五輪1964」(文春新書)、「砂の王 メイセイオペラ」(新潮社)、「オリンピックの輝き ここにしかない物語」(東京書籍)、「1964年の東京パラリンピック」(紀伊国屋書店出版部)など。JOA監事。

 猪谷千春(いがや・ちはる)
1931年生まれ。3度オリンピック出場。1956年コルチナダンペッツオ大会回転2位となり、日本人初の冬季メダリストに。米ダートマス大卒業後はAIU保険会社入社し、アメリカンホームズ保険会社社長など歴任。1982年IOC委員となり、2011年の退任まで約30年、理事2期、副会長1期務めた。現在はIOC名誉委員。著書に『わが人生のシュプール』(ベースボールマガジン社)、『IOC』(新潮社)など。JOA最高顧問。

和田浩一(わだ・こういち)
フェリス女学院大学国際交流学部教授。専門は体育・スポーツ史。『オリンピック・パラリンピック学習読本』「オリンピック・パラリンピック教育映像教材」(いずれも東京都教育委員会、2016年)と『オリンピック大事典』『パラリンピック大事典』(いずれも金の星社、2017年)を監修。一般財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会大学連携検討会委員。国際ピエール・ド・クーベルタン委員会会員。JOA理事。

真田 久(さなだ・ひさし)
筑波大学特命教授。東京生まれ。小学3年時、東京1964大会を迎える。筑波大学進学後、オリンピックの歴史について研究。大学院修了後、ギリシャに1年間滞在し、オリンピアやデルフィ、ネメアなどの競技施設を歴訪。帰国後は日本のオリンピックの始まりについても研究する。東京2020大会組織員会参与、同文化教育委員会委員を務める。日本スポーツ人類学会会長。大河ドラマ「いだてん」スポーツ史考証を担当。博士(人間科学)。JOA副会長。

來田享子(らいた・きょうこ)
中京大学スポーツ科学部教授。神戸大学・大学院修士課程、中京大学大学院博士課程を経て博士(体育学)。オリンピック史、スポーツとジェンダー研究。JOA理事、日本スポーツとジェンダー学会(JSSGS)会長、日本体育・スポーツ・健康学会副会長、日本スポーツ体育健康科学学術連合副代表、体育史学会副会長、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事など。中京大学スポーツミュージアム副館長。JSSGS学会賞、国際オリンピック史家協会“Vikelas Plaque”受賞。JOA理事。

日比野暢子(ひびの・のぶこ)
桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部教授/桐蔭横浜大学大学院スポーツ科学科教授、ウースター大学スポーツ・エクササイズ学部名誉教授。その他、(公財)2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事、(公財)日本パラスポーツ協会理事、(一社)日本パラリンピアンズ協会アドバイザーなどを務める。専門はスポーツ政策学。パラリンピックや障害者スポーツに関する研究が多い。JOA理事。

黒須朱莉(くろす・あかり)
茨城県出身。びわこ成蹊スポーツ大学講師、博士(社会学)。専攻分野は、スポーツ史。共著に『オリンピックが生み出す愛国心』(かもがわ出版)、『12の問いから始めるオリンピック・パラリンピック研究』(かもがわ出版)など。JOA編集・出版委員会委員。

大津克哉(おおつ・かつや)
東海大学体育学部スポーツ・レジャーマネジメント学科准教授。専門は、体育・スポーツ哲学、オリンピック教育に関する研究。主に、日本のスポーツ研究の分野において、「スポーツと地球環境」の問題に関する研究が為されていないことから、「環境」、「持続可能性」等をキーワードとする新しい研究分野にも取り組んでいる。日本オリンピック委員会オリンピック・ムーブメント事業専門部会部会員。JOA理事。

後藤光将(ごとう・みつまさ)
明治大学教授。1975年石川県野々市市生。93年金沢泉丘高卒、97年筑波大学体育専門学群卒、2002年筑波大学大学院博士課程体育科学研究科退学。専門は体育・スポーツ史、日本テニス史、オリパラ教育。博士(体育科学)。筑波大学体育センター文部科学技官などを経て07年明治大学政治経済学部専任講師、17年より教授。ほかに日本テニス協会テニスミュージアム委員会委員,明大スポーツ新聞部部長など。JOA理事。

佐野慎輔(さの・しんすけ)
1954年生まれ。産経新聞編集局次長兼運動部長、取締役サンケイスポーツ代表、特別記者兼論説委員などを歴任し、2019年退社。20年から尚美学園大学教授の傍ら、産経新聞客員論説委員、笹川スポーツ財団理事、日本スポーツフェアネス機構体制審議委員などを務める。近著に『嘉納治五郎』『中村裕』(以上、小峰書店)など。共著に『スポーツレガシーの探求』(べ―スボールマガジン社)、『これからのスポーツガバナンス』(創文企画)など。JOA理事。

和田恵子(わだ・けいこ)
上智大学外国語学部英語科卒業。有限会社和田翻訳室代表取締役。翻訳分野は、金融、法律、保険、歴史、広告、IT、スポーツ、マーケティング、ファッション他。オリンピック、スポーツ関係の翻訳実績として、論文、定款、規定・規程、競技規則、報告書、リリース等がある。JOA理事。

大野益弘(おおの・ますひろ)
1954年東京生まれ。ライター・編集者。株式会社ジャニス代表取締役。福武書店(現・ベネッセ)などを経て編集プロダクションを設立。オリンピック関連書籍・写真集の編集および監修多数。筑波大学大学院人間総合科学研究科修了(修士)。著書に『オリンピック ヒーローたちの物語』、『オリンピック・パラリンピックのスゴイ話1〜4巻』(以上、ポプラ社)、『クーベルタン』『人見絹枝』(以上、小峰書店)、『古関裕而物語』(講談社)など。JOA理事。



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