期日前投票『推奨』の問題点
「投票日当日に行けない方は、期日前投票をご利用ください」
「期日前投票には投票券が無くても投票できます」
選挙期間中にこのようなフレーズを聞くようになってから、久しくなりました。 期日前投票を利用する人が増えてきていますが、そもそも期日前投票制度とはどのような目的の制度だったのでしょうか、改めて振り返ってみます。
期日前投票とは
期日前投票制度(きじつぜんとうひょうせいど)とは、その名前の通り、国会議員や地方議員、都道府県知事や市町村長を決める選挙において、投票日より前に投票を受け付ける制度のことです。『期日前投票制度の創設等を内容とする公職選挙法の一部を改正する法律』が第156回国会で成立し、平成15年(2003年)6月11日に公布、同年12月1日から施行されました。
期日前投票時における、通常の投票との手続き上の違いは、期日前投票をする「事由」を申告する、宣誓書の提出が必要かどうかぐらいです。 宣誓書と言っても、その申告の内容は「レジャー・買い物」のような私的な理由でも構わないとされています。
よって現在では、原則として選挙の公示日・告示日の翌日から、投票日の前日まで、いつでも期日前投票ができることになっています。
仙台市を例に出してみると、各区役所の他にも、秋保地区・愛子地区にある総合支所、そして仙台駅前のアエルにおいて、期日前投票が可能となっています。
期日前投票を推奨する政党、候補者、選挙管理委員会
選挙期間中の街頭演説では、今すぐに期日前投票に行くことを呼びかけているのをまま耳にします。最近はSNSでもそのような呼びかけを見たことがある方も多いのではないでしょうか。
私たちが今回取材を重ねている中では、「毎日が投票日です」と有権者に期日前投票を促す議員もいました。
また、今年6月17日の仙台市議会の一般質問において、昨年の衆院選で駐車待ちの車両が並び、周辺道路の渋滞を巻き起こしてしまった投票所の問題について、仙台市選挙管理委員会が「高齢者には、期日前投票所の前半、特に平日の利用を薦めている」などと答弁したことも明らかになっています。
ところが、総務省のWebサイトでは、期日前投票制度について下記のように説明しています。
『投票日当日投票所投票主義』という言葉は、初めて目にする方も多いのではないでしょうか。あくまで投票日に投票することが原則であると説明しています。
しかし実態としては、あくまで投票日に投票することを原則としている、という部分が軽視され、カジュアルに期日前投票を推奨するケースが増えています。まして、仙台市選挙管理委員会の事例のように、投票所の混乱をかわす理由で早い時期の期日前投票を勧めるというのは、本末転倒な運用と言わざるを得ないのではないでしょうか。
増え続ける期日前投票の利用者と、減り続ける投票率
期日前投票を利用する有権者の数は、年々増え続けています(読売新聞 2022.6.27)。
選挙のたびに出口調査を実施してきた新聞各社も、期日前投票所をその調査の対象とするようになってきており、期日前投票の利用者数が、選挙の情勢を分析する上で無視できないレベルになってきたことを示しています。
これまで、投票日に仕事やレジャーなどを優先して、投票に行かなかった有権者が、積極的に期日前投票を利用するようになったのであれば、投票率は上がったのだろう、と予想する方は多いのではないでしょうか。
ところが、実際はそうなっていません。
地方選挙は状況によって投票率の上下が激しいのは過去に弊団体の記事で指摘しているので、焦点を衆院選・参院選に絞りましょう。
総務省による国政選挙における投票率の推移を参照すると、こちらも状況によって前年を上回るケースはあるものの、長期的に見ると投票率は漸減しています。
そうなってくると、期日前投票によって利便性は上がったが、結局はもともと投票する人が期日前投票をしているに過ぎないのではないかという疑問が生じます。
一方、期日前投票は、本来の投票日よりも前に投票を認める制度ですが、この制度を使うことの弊害はないのでしょうか。
この記事では、敢えて期日前投票の問題点として考えられるものを、いくつか挙げてみようと思います。
期日前投票の問題点
(1) 選挙期間中の候補者、政党の主張が届かない
選挙運動ができるのは、言うまでもなく選挙期間中のみであり、公示・告示がされてから投票日の前日までです。
仮に、期日前投票が可能になる1日目に、全ての有権者が投票してしまったとしましょう。すると、今回の 参議院議員選挙は18日間の選挙期間があるにも関わらず、2週間以上、訴えるべき対象(これから投票に行く有権者)がいないのに、候補者や政党は政策を訴え続けることになってしまいます。
この例えは極端だと感じる方が多いかもしれませんが、似たようなことは実際に起こっているのです。
選挙運動の中には「電話掛け作戦」というのがあって、候補者陣営が事前に集めた名簿の方々にひたすら電話を掛けていくという活動があります。
しかしここ数年は、電話をすると「もう期日前行きました、入れましたよ」という反応が多くなっているようです。
もちろん、候補者にとってはありがたい話ではあるのですが、本来は選挙期間を通じて政策を訴え、有権者一人ひとりの票を得ていくものだとすれば、期日前投票制度の制度設計としてこれでいいのか? と疑問符が残ります。
そして、既に投票を終えてしまった人にとっては、残りの日数の候補者の訴えは、もはや雑音以外の何物でもなくなってしまいます。
(2) 投票日までに投票行動を変えられない
日本の投票制度は秘密投票(投票した人の内容を明らかにしない方式)なので、一度投票を終えてしまえば、当たり前ですがもはや訂正・変更をすることができません。
仮にあなたが期日前投票で一票を投じた候補者が、選挙期間中にあなたにとって看過できないような問題発言をしたり、スキャンダルを起こしたとしても、あなたはもう投票結果をリセットすることはできないのです。
そしてこれは政策面の訴えなどについても同じことが言え、必ずしもセンセーショナルな内容に限った話ではありません。
今回の参院選では、定員5名の神奈川県選挙区において、2名の候補者を擁立していた立憲民主党の議員が、選挙期間の最中に当選可能性の高い候補者を「優先する」などと発言し、物議を醸しました。
この時点で、優先されなかった候補に期日前投票をしてしまっていた有権者の票は事実上死に票となってしまうのでしょうか。
この方針を公表してしまうこと自体が問題であると同時に、期日前投票が生んだ悲劇とも言えそうです。
(3) 候補者の訴えの変化を感じ取ることができない
当然の話ですが、候補者も人間です。選挙期間中、毎日街頭に立って有権者の反応を見聞きし、集会などで支援者と会って話をし、日々の報道で有権者の興味関心や争点などに触れるなど、様々な経験をし、情報をアップデートしていきます。
選挙戦の前半と後半では、訴える内容が変わってくる候補者、あるいは、よりわかりやすい話ができるようになってくる候補者もいるでしょう。候補者のそのような変化によって、あなたの最終的な候補者への評価、投票行動が変わっていくことだってありえるのです。
これについては、宮城県のブロック紙・河北新報が非常に面白い記事を公開していました。候補者が、選挙戦の序盤と中盤の街頭演説で、それぞれどのような言葉を頻繁に使っていたかを比較した示唆に富むデータです。
しかし期日前投票をしてしまうと、このような変化を加味した投票をすることもできなくなってしまいます。これは、実はかなりの機会損失になっていると言えるのではないでしょうか。
期日前投票はあくまで「やむを得ない場合」に
以上の理由から、安易な期日前投票は、有権者の大きな機会損失になっていると言えます。
もし「私は最初から誰に(どの政党に)投票するか決まっている」と考えている方も、この記事をきっかけに「もしかしたらもったいないことをしていたかも」と考えていただければ幸いです。
民主主義によってより良い社会をつくっていくためには、選挙の投票率の向上もさることながら、投票の質の向上も併せて行っていくことが求められています。行政も政党も候補者も、機会損失に繋がるような安易な期日前投票への誘導をせず、より真摯に、原則論に基づいた投票率を上げる手立てを希求していただきたいものです。
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