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世界観 〜プロダクションデザイナーのコダワリ〜

TVドラマでも映画でも演劇でも大概は台本が先にあり、それに沿ったシチュエーションを様々なスタッフが演出家の意向に沿い肉付けしてゆく。

自分が勝手に何でも作ってよい訳でないのは当たり前だけど、だからと言って自分の意見・アイディアを通せないのだったら、関わる意味も無し...。

演出、撮影(演劇においては無し)、照明、音声、装飾などなど様々な部署と折衝しながら自分のやりたいこととのバランスを形に置き換えていくのだけど、モノを作る以上は当然予算も密接に関わってくる為、仮発注で見積もりを取った上で作るとこは作り、削るとは削る...なんてことも必要だったりする。(まあそれはどんな業種も一緒か)

考えれば考えるほど色んな要素が絡み過ぎて、思い通りに行くことなんてほぼ無いとは言え、大事なことは最終的に良いモノを作っていくことなので、諦めず色んな方法論にチャレンジをして最善のゴールを目指せればそれが一番。

そうしたチャレンジの結果に出てくるものが『世界観』というもの。

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ここは香港。

最高の夜景や、混沌とした街並み、美味しいご飯...観光で行けば色んな楽しみが味わえる。(今はコロナ禍のおかげで海外旅行は大分遠い話しになってしまったけれど...)

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この仕事をしてると本当いろんな場所に行くし、様々な経験に出会える。劣悪な環境や気象状況のこともあるから楽しい事ばかりではないけれど、それでも決してルーティーンにはならない毎日は、いつも好奇心を刺激してくれる。

この香港へ行ったのは、2019年に公開された映画『コンフィデンスマンJP ロマンス編』の仕事の為。撮影時期は2018年の夏前だったかな...たぶん。

どんなドラマや映画でも、海外シチュエーションだからといって全てがそのロケ地かというとそうではなく、役者さんのスケジュールや製作予算、そこでは撮れない制約事項などもあり、日本国内に海外を再現して撮影することも多い。

その為、ロケハンに行ったら写真を撮ったり色味の確認など、とにかく沢山資料を集めることが重要になる。

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例えば、ここは福生の方にある小さな商店街。

ロケスケジュール上、ここに香港の路地を再現しなくてはいけない。制作部が香港らしさを勘案し選んだシチュエーションで、ロケハン時に各部署と話し合いプランを策定していく。

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実際の香港はこんな感じの相当なヨゴシ感(これはまだ整然としてる方だけど)。

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ただ、台本に書かれた動きが成立するだけの広さや、日本でここまでの状態の建物や街並みを見つけるのは相当至難の技だろうから、そこは最適解を探すって意味で上手い事やっていくしかない。

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再現にとって大事なことは『らしさ』だから、まずは何を前面に押し出せばそれに近くなるかを考える。ここで役に立つのが、歩きまわり見てまわり写真撮ってまわり、といった行動で得た資料。

香港の路地ではこんな安い感じのビニールシートが軒に使われていることも多いので、これを一つのアイコンとして使おうと思う。

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で、先ほどの福生にある商店街へ飾りを入れ込んでみる。

これではまだ整然としすぎなんだけど、ここに人や食べ物、煙や照明で生活感を足し、生きた世界観を作っていく。

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テーブルに食べかす、セイロには水蒸気...様々な要素でごちゃごちゃになった上に人ヒトひとなので撮影現場はカオス、それはもう大変(笑)。

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ここは八王子のとある場所にある元レストランのロケ地。

ここを台本に書かれた役に合わせた邸宅に変えていく。香港裏社会の女帝が住むといったことで、普通ではない怪しい雰囲気にしていきたいのだが、まずもって邪魔なのは目を剥くくらい強烈なピンクの壁と、センターの抜けに鎮座する中途半端な木...。美術としての立場であまりにも設定に合わないようならロケ場所を変えてもらうという選択肢もあるのだけど、総合的にみてここはロケがやりやすいことと、手を加えれば化けそうな印象があったため監督と話しチャレンジすることとした。

ということで、まずピンクの壁はパネルでカバーをし落ち着いた雰囲気を作るとこからスタート。

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完成形がこれ。

中洋折衷。キャラのイメージ付けはアクセントカラーで入れるのが自分流。

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白・紫・黒・茶、いくつかの色が面を変え流れ込むことで立体感が増す。コントラストも最大限利用して。

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金のストリングスカーテンの向こうには玉座があり、その向かって右側はグリーンルームとして混沌感を出す。

元々あった中途半端な木は、隠すのではなく敢えて足すことで存在を変えることにした。一本だけ立ってるから目立つ訳で。

リビングのフロアは元からあったテラコッタのタイル、玉座のフロアは黒大理石(フェイクですが)を使い艶を出す。ストリングスカーテンは舞台の紗幕のような効果を狙う。

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これもまた同館別部屋なのですが、やはり中途半端な位置にギリシャ柱が立ち塞がるというハードル。

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なので雰囲気を変えたモノで周りを囲むことで、逆にアイコンとしてしまった。無くせないのなら見せるしかない。

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そしてメインセットとなる定宿の設定場所はこのような集合住宅。実に香港っぽいイメージの強い建造物。

ただ、普通の団地っぽいものを作ったところで面白くも何とも無いから、ここは設定上の詐欺師であるという面々が生きるようなアジトを作らなくてはいけない。

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そこで考えたのが2フロアぶち抜きのメゾネット。

ロケマッチである上記のような建物において現実にこのようなリフォームができないのは承知の上、しかしドラマの質を考えていくと真面目に現実を作り込むのが吉と出る訳ではなく、違和感がですぎない程度に夢を描いた方が逆にリアルに見えてくることもある。

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外観のイメージに合わせ壁面もかなり激しいエイジング入れているが、そもそも簡易宿へリフォームした時点で普通は壁も塗り替えるはず。

でもこれを綺麗にしたら『らしさ』は出てこない。

例えば時代劇で新築の建物があったら違和感があるはず。当時のリアルを考えたら当然綺麗な建物も建っていた訳で、ただそれを説明できるカットがあるなら兎も角、設定を描ききれないのなら人の持つイメージで上書きしてしまった方が良いということだ。

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蒸し暑い香港において扇風機はマストアイテム。もちろんエアコンは付いてるけど(スタジオ内に建ってるセットだから、勿論飾りとしての)、扇風機を入れ込むことで視覚的に温度が見えてくる。

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エレベーターホールから見た施設のドア2枚。これは本当に香港の雑居ビル内にこのような感じの場所があった。ロケハンのたまもの。

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芝居場所に立体感をつける為の急勾配階段。

これがあることで、階段ヌケの奥からも横からも上からも人が入ってこれるんで画面の様々な方向からの動きがつけられる。バリアフリーなんて知ったこっちゃない作りは設定と画作りのみ考えているから。これが介護老人ホームの設定だったらこんなことにならないのは当たり前...。

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階段下でメモ書き等の細かい貼りものをする前は壁に文字が見えている、『終生美麗 Life Is Beautiful』様々なことに向けたオマージュ...まあ遊びである。

こういう小さな遊びはデザイナーとしての経験値が増すほどやりやすくなる。なぜかと言うと新人の頃は設定をクリヤすることで一杯一杯になってしまうから、なかなかそこまで頭が回らなかったこともあるし、更に不安要素を増やしたくないという心理状況もあった為に間取り重視みたいなセットが出来上がる。もちろん大事なことは芝居を円滑に進める場を作ることなので、それで80%位はOKですが。

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そんな新人時代を乗り越えた自分がどうしてもやりたかったのが、この座り。

これは自分が座っちゃってる写真ですが(笑)、主役の性格を考えると絶対この位置に来るだろうなってシチュエーションが見えたので、予算上や様々な制約を工面してでも必要だなと。

足をプラプラさせてる下で扇風機が首を振るそのユルーイ感じ...

そんなト書き、台本にはない、でも必要。

たかだかワンカットであったとしても、そこに世界観を見出せるならやる意味があると思う。

なぜならセットを作ることが重要なのではなく、自分たちは空間構成しながら世界観という物語を作るんだから。


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