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色鉛筆の魔法

屋根裏部屋で色鉛筆を見つけた。白い紙箱に入った18色入りの古びたやつ。箱には小さな字で「コウタ」と書いてあった。お父さんのものだったらしい。

僕はそっと箱を持って自分の部屋に戻った。何か別のものが出てくるかもしれないと思ったからだ。もちろん、お父さんには秘密。きっと屋根裏部屋にこんなものがあることも覚えていないだろうし。

部屋に戻ると、慎重に箱を開けて、机の上に色鉛筆を並べてみた。赤、青、黄色、緑、ピンク、オレンジ……。どれも鉛筆削りではなくナイフかなんかで削ってあった。ちょっと不格好だけど、大事に使っていたのがわかる。

発色を確認したくて、僕は塗り絵の本を持ってきた。僕は小さい頃から塗り絵が好きで、去年の誕生日にはおばあちゃんから36色入りの水彩色鉛筆をもらった。宿題さえ終わってしまえば特にやることもないので、ずっと色を塗っている。今はパリの街並みに挑戦中だ。
薔薇の花瓶が描いてあるページを開いて、葉っぱの緑を塗ってみる。予想以上に柔らかくて、いつもと同じくらいの力で塗ったはずなのにパステルカラーにしかならなかった。でも、重ねるとしっかり色が出て、艶が出てくることもわかった。特徴はあるけれど使いにくいわけではなさそうだ。

夢中になって他の色も実験しているうちに、夕方になっていた。まだ終わっていないけれど、屋根裏部屋には電灯がないので、早く返しに行かないといけない。慌てて戻したら、お父さんが帰ってきていた。

「りく、今日はどれくらい進んだんだ?」

お父さんはいつも塗り絵の進み具合を聞いてくる。学校のことは聞かない。お父さんのこだわりだって前に言っていたけど、僕はその理由を知らない。

「まあまあだよ」

なぜか屋根裏部屋での発見は言いたくなくて、お茶を濁した。お父さんは軽く頷いて、そのまま自分の部屋に着替えをしに行った。


夕飯が終わって自分の部屋に戻る。今度は自分の水彩色鉛筆を取り出した。今日はカフェのテラス席を塗ろう、と思って進めているページを開いたら、なんとなく違和感があった。

昨日より色が増えている気がする。

よくよく観察してみて気づいた。まだ手をつけていなかったカフェの植物たちにもう色がついていたのだ。とても生き生きとしていて、葉っぱは光を反射していて、写真みたい。僕の技量ではこんなに上手には塗れない。びっくりしてしばらく手を動かせなかった。

しばらくして、恐る恐る他のページも開いてみた。すると、やはり植物だけが写真のような美しさで着色されていたのだった。午後に色を塗った未完成の薔薇も。僕は怖くなって、今日は塗るのをやめようと決めた。


次の日、宿題が終わったので屋根裏部屋にあの色鉛筆を取りに行く。すると、一枚の葉っぱが箱に描かれていた。昨日は名前以外真っ白だったのに。塗り絵を開くと、植物だけのページには別の葉っぱや花が追加されていた。お父さんの色鉛筆で花瓶の模様を塗る。そして今度はパリのページを開いて、同じ色でカフェを訪れたお客さんの服を塗ってみた。本を閉じる。しばらくしてまた開くと、やはり塗っていなかったところまで色がついている。

これ以上勝手に色を塗られてしまうと僕の楽しみがなくなってしまうので、お父さんに話すことにした。

「お父さん、屋根裏の色鉛筆ってお父さんの?」

「ん? ああ、紙箱に入っているやつはそうだよ。お父さんが小学生の時におじいちゃんからもらったやつだな」

「昨日お父さんの色鉛筆で薔薇の花塗ったらね、僕の塗り絵の本にある植物が全部写真みたいになっちゃったの。今日は花瓶の模様を塗ったんだけど、やっぱり塗ってないところに色がつくの。なんでだか知ってる?」

お父さんは目をパチパチさせて、それから頭をかいた。

「ああ、りくが使うと魔法が作動しちゃうのかあ。お父さんがおじいちゃんにあれをもらった時、こう言われたんだ。『いいか、これは夢中になって色を塗っている子の希望に合わせて、先回りして色を塗ってしまうせっかちな色鉛筆なんだ。箱に何を塗りたいかが表れてしまう。のんびりした気持ちで使わないとダメだぞ』ってね。だからあれはお父さんみたいなのんびり屋さんじゃないと使えないんだ」

僕は思わず笑顔になった。せっかちな色鉛筆さんかあ。面白い。

「お父さん、あの色鉛筆これからも使っていい? 僕お友達になりたい」

「お、いいぞ。ただし、『のんびりした気持ちで』使うんだよ」

許可が出た。僕はスキップしながら自分の部屋に戻った。マジックペンを持って箱の上に小さな字を書く。「りく」「のんびりさんのためのいろえんぴつ」

書いた文字に飾りがつけられた。新しい友達を歓迎するように。

僕は、この色鉛筆と新しい塗り絵に挑戦するんだ。

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