小さな話9 女の子
女の子って可愛い。小さくてもちもちしてて。幼稚園の頃、動物園で抱っこしたうさぎみたい。うるうるしてる目も、真っ赤な鼻も。全部、可愛い。
「ねえ、真理ぃ。聞いてよぉ。」
「また振られたの?」
「私が振ったのよぉ!!!」
ピンクのグロスが今日は落ちてる。アイプチもちょっと下手。奈由は可愛い。
可愛い。友達だ。
「なんかさ、付き合ってみたら案外面白くないし。めちゃくちゃ怖がりでさ、お化け屋敷行ったときなんて私を置いて一人でリタイアしたんだけど。マジない。」
「はいはい。」
「もう私は、真理さえいればいい。」
「だから、重いって振られるんだよ。」
「え、ひど!?」
真理は、可愛い。真理は、友達。
私たちの毎日は消費することで終わる。学生の身で何か生産性のあることをできるかと聞かれればそれは難しいのだ。無個性の塊であるような、だけど差の出るような制服を着て、同じような机に座り、ノートに文字を写す。同じようで何も同じじゃない。私と真理は違う。
「ねえ、彼氏できたわ。」
「え!?は!?」
「今日一緒に帰るから、今日の定例会パスね。」
そんな面白くない私に彼氏ができた。別に彼のことは嫌いではないし、気に入ってるほう。私を好いてくれているなら、ちょっとくらい興味が増してもおかしくないでしょう?
「奈由は?こないだ言ってた先輩は?」
「え、あ、いいの。あの人彼女できたらしいし。」
「へー。そっか。ほら、チョコあげる。」
「あーー!愛されたいなぁ!」
チョコレートは幸福感を感じる細胞の代わりになるらしいよ、て誰かが言ってた。チョコが好きなのは奈由も私も。だから、ほら、いつも常備してる。ダークもホワイトも、ミルクも。私はダーク派だ。
「奈由、また明日ね。」
「はーい、お幸せにね。」
彼氏は優しい人だ。趣味も合うし、口下手の私のことも気遣って進めてくれる。心地いいというか、楽だな、と思った。青春の一ページにしては上々だ。
最近は、セミの声が煩い。どれだけ鳴けば気が済むのだろう。せっかくのメイクも汗で崩れていく。
「真理、私も彼氏できた!」
「おめ。」
「今度ダブルデートしよ!」
「んー、いいよ。」
ダブルデート。ねえ。正直、ちゃんとしたデートをしたことがない。いつもの優しさに少しは恩返しだ。私から声を掛けよう。ダブルデートは、遊園地とかがいいかもしれないな。ああ、前に由奈と行ったあそこがいいかもな。あの耳飾りよく似合ってたし。きっと可愛いだろうな。元々可愛い人だもの、きっと似合う。ちょっと遠いけど、笑顔が見れるならそんなの気にしてる暇はない。何を着ていこう。前回のお出掛けとは違う服がいいな。可愛い、て思って欲しいな。新しいメイク用品でも買いに行こうかな。
あれ、私、こんなに出掛けるの好きだったっけ。
クローゼットからはみ出した黒色のスカートと柄にもないピンクのコートが目の端に入る。鏡の前に置いてた濃い赤色のリップは、男子受け悪そう。前回出かけたのは、いつ?そもそも彼氏とまともなデートしたことないのに。私は、誰とデートしようとしてたの?
折角、頑張ったメイクはちょっと濃すぎてピエロみたいだ。太めのアイラインも、背伸びしたマスカラもよく見れば曲がってる。
忘れた振りしてたのに。
可愛いものが好きなんだ。昔から。ずっと。ふわふわしてて、ちょっと突くと頬を膨らませてきて、頭を撫でれば嬉しそうで、犬みたいで。泣き虫だから、潤んだ目も、赤い鼻も、うさぎみたいで。
「女の子になんか生まれたくなかった。」
欲しいものはいつだって手に入らない。私は、可愛くない女の子だから可愛いものを欲しがった。けれど、どれもこれも似合わなくて。手元に置いておくには、持て余して。
「女の子なんて。」
ひらひらしたスカートが恨めしい。私は見ていたいだけなのに。
「好きじゃない。」
私は、女の子だから。今日もチョコをもらう方じゃなくてあげる方だ。
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