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小さな話18 あたしの神様

「ここの神社には、恋愛の神様がいるのよ。」

おまじないや占いが大好きな姉が私にそう囁いた。別に関係ないよ、そう言いたかったのに姉は鈴を鳴らしに階段を登っていた。

姉の白いスカートの裾が賽銭箱に触れる。賽銭箱にはもちろん五円玉を投げ込む。乾いた音がころんと転がる。鈴を控えめに鳴らすのは、恥じらいからだろうか。

目を瞑り、綺麗に彩られた唇がかすかに揺れる。誰を想っているのだろうか。前に話していたクラスの男子か、はたまた部活の先輩か。恋多き女性は大変そうだ。

「ほら、あなたも。」

戻ってきた姉に背中を押されてのそのそと階段を登る。下からは見えなかったお堂の中には、小さめの祭壇が木の柵の向こう側に見えた。

財布に十円玉しかないために、まんまるなそいつをことりと落とした。鈴は、思ったより小さく、これは確かに音があまりしないかもしれない。

手を合わせ、いるかわからない神様に祈ってみる。

神様。私はまだ恋とか愛とかわからないのです。今年で十六歳になりますが、やっぱりわかりません。というか、愛って必要なんですかね?私の友達の恋ってやつは、甘いだけでいつか飽きてしまいそうな、そんな代物ですけど、それって本当に恋ですか?愛に変わるのですか?まあ、神様にこんなこと言っても仕方ないですよね。すみません、長々と。それでは失礼します。あ、姉の言うことは気にしてあげてください。ここまで来るのに一時間以上かかったし、彼女は彼女なりに愛を楽しんでいるんで。

私のちっとも可愛くないお願いなんて神様は聞いてくれないかもしれない。別にそれでもいい。姉にもらった重たいヒールを鳴らしながら階段を降りる。

「ねえ、何をお願いしたの?」

きらきらした目で姉が聞いてくる。アイシャドウが太陽を反射させてくるだけだろうか。

「言ったらダメなんだよ。お姉ちゃん。」
「えー。私も聞きたいのにー。神様だけに内緒話なんてずるい。」
「それは、お姉ちゃんもでしょ。」
「だって、お姉ちゃんはあんたに話しているもの。」
「なんのご利益もないのにね。」
「いいじゃない。神様なんて色々って言うし。」
「はいはい。」
「さ、あとはお守り買って帰りましょう。」

神様だけに内緒話なんて、なんて可愛い人なんだろう。
姉という立場だけ与えられて、実際は私と一個しか歳が変わらないのに、必死に姉になろうとしてくれているあの人が可愛い。
家族とかよくわからない私に「家族ごっこ」をしながら与えられた役を下手くそなりに必死になって毎日演じてくれている。

この感情に名前を付けたことはないけど、もしこれがいわゆる「好き」であるならば、あの人は私の神様になってもらおう。

教義のように甘い偽りの言葉と愛を私に頂戴よ。本当の家族がわからないから、本当の家族にはなれないだろうから。

「真理亜、早くいらっしゃいよ。」
「お姉ちゃんが早いからでしょ。」

あたしの神様。

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