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Single ep.02 M.e.A(myselfstory)

初めて逗子駅に降り立った。
海が見えると思っていたが、
まったく見えないことを知って後悔している。
なんでこんな日にヒールの靴を
履いてきてしまったんだろう。
おろしたてのこの靴で海に向かうことを思うと
少々気が重くなった。
やっぱり東逗子駅に降りて、
銭湯にでも行った方がよかったかもしれない。

道中は昼真っ盛り。
3日前まで曇りか雨の予報だったのは
どこへ行ってしまったんだろうか。
晴れ女は非常に助かることだけれど、
夏の日差しの強さは少々苦手だ。
もう少し曇り空であって欲しい。

途中暑さに負けてコンビニに逃げ込んだ。
ビーチ帰りのお姉さんが前にいる。
真っ黒の黒髪のショートカットと、
化粧の施されていない清々しい横顔が羨ましい。
後ろで待つ小さな男の子は、
わたしのマスクを取った顔が気になるようだ。
顔を見つめては恥ずかしそうにお母さんにくっついて、
小さな手でバイバイと手を振ってくれた。

ビーチにたどり着いた。
辿り着いてみたら、よくみた景色ということに気がつく。
ステーキの宮ってここにもあるんだと、
なんだか地元にいる感覚がじんわりと心に残っている。

まだ夏の真っ盛りでもないというのに、
シーズンを待ちきれない人の活気で溢れかえっている。
お酒も飲めない海岸沿いで、
タバコを忘れてしまったことに気づく。
とは言っても普段は持ち歩かないけれど、
今日はなんだか手持ち無沙汰になった気分になる。
スマホには色んなイベントの通知が来ている。
でも、今日は少し放っておいて
今の達成感に浸ることにした。
頭の中にはさっき見た文章の文字列が連なる。
海岸に着いてから小1時間はこうしているだろうか。
気づけば覆っていた雲が薄くなり、
向こう側の山の影がうっすらと見え始めた。
終わったものを、
もっとこうしておけばよかったなあと思いながらも、
一歩踏み出した気分はそこそこ嬉しさがあって、
きっかけは何だったのかを思い出している。

ほんの1年前まで、
あらゆるやってみたかったことをうやむやにしていた。
このうやむやにする生活は、
大学の終わり頃からだろうか。
やりたい授業も、留学も終えてしまった後、
ぽっかりと空白の時間になってしまった。
有名企業への憧れもいつしか消えていた中、
生きている意味を探しに
放浪するような日々を送るようになった。

今になって、
うやむやにするということが
どれ程厳しい現実になるかということを突き付けられる。
私の肩書が未だに見つからずにいる。
その反面、諦めきれない感情が
今になって爆発してしまったようだ。

これまでほとんど、
もしそれを達成してしまった場合、
何か意味があることだったのだろうか。
今もっと必要なことがあるんじゃないか、
この先家族を持つことが出来るとしたら、
それをやることがわがままな選択なんじゃないだろうか。
仕事を始めても目標が定まらず、
何しているんだろうと考える日々が
5年は続いただろう。

そんな日々が続いていた矢先、
ほんの1ヶ月とちょっと前に、
ずっとやろうと決めたものを
一つ終わらせてみたくなった。
これからのきっかけ作りとして、
うやむやにしてきたものに
一つ終止符を打ってみる試みを始めた。
結果は努力に反して
さほどいいものではないかもしれないが、
まずはやってみたことに意味があるという、
一つの証明になるだろうと思っている。

正直、ほとんど一に等しいスタートは困難ばかりで、
わからないことだらけだったけれど、
嫌でも毎日必ず向き合う時間を作ることにした。
音楽のように、好きであり続けたいものであるから、
何よりも沢山の人の努力する姿が、
鮮明に背中を押してくれたことに感謝する。
苦しい経験をして手に入れたものは、
これから必ず自分自身の力になってくれると信じている。

そんなことで、
今日はこの一か月間、
同じような毎日を繰り返していたせいだろうか、
普段近くでは絶対見られないものを見たかったのだ。
急な思いつきは時にひとをびっくりさせるけれど、
新しいものが見つかるといいなあという期待に、
胸がドキドキしてくる。
わたしは最期まで
こういう風に新しい感覚を求めて
生きてくんだろうなあ。

夕方になり、人の流れが穏やかになってきた。
きっと地元の住人だろう。
夫婦カップルで砂浜にシートを敷き、
お互いの和やかな時間を楽しんでいる。
海の家を建てる職人さんたちは、
そろそろ切り上げようと、
最後の仕上げに取りかかっている。
犬はようやく散歩のできる時間帯になって、
嬉しそうな足取りで私の目の前を通り過ぎていく。
ここの日常はわたしには新鮮過ぎて、
帰りたくない気持ちに駆られてしまいそうになった。

それでも海の夜というのは、
今日は終わりだよと告げてきた。
一人の時間は終わって、
また大切な時間を築くために戻りなさい。
そう自分に言い聞かせたことは、
切ないことでは無く、正直な気持ちである。
名残惜しいものはたくさんあるけれど、
今ここで休みすぎたら、
きっとうやむやが増えてしまうから。
今度来るときには、もう少し成長していようと誓う。

新しい人生のひと時が
ここにあることを願って。

from M.e.A

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