見出し画像

「パストラル ~ ピアノのお稽古覚え書き」


 長野でのピアノ教師時代を思い出して、「音楽豆知識」風に書いてみます。

 子供の頃ピアノを習ったことのある人ならブルクミュラーという名前はお馴染みだと思います(日本では、主に英語読みの「ブルグミュラー」が使われています)。
 ヨハン・フリードリヒ・フランツ・ブルクミュラー(Johann Friedrich Franz Burgmüller、1806年12月4日 ~ 1874年2月13日)。ドイツ出身。作曲家・ピアニスト。
 彼の残した曲集の中でもっとも知られているのが「25の練習曲」。ここ日本におけるピアノ教育の場でも広く使われています。この曲集の3番目に「パルストラル(牧歌)」という曲がありますが、このタイトルが、ベートーヴェンの6番目の交響曲と同じであることに気付いていない人もいらっしゃるのではないかと思います。ベートーヴェンの『田園』も、ブルクミュラーの『牧歌』も、同じく“Pastoral”の訳語です。

 このPastoralという単語、「羊飼いの」「牧師の」とも訳されます。そのことを初めて知ったとき、「羊飼い」と「牧師」、イメージの異なる2つの意味を持つのか不思議に思ったのですが、「牧師」という日本語を改めて見てみると、ちゃんと「牧」の字が使われています。牧師という日本語が、「迷える子羊たちを導く存在」としてのPastolの訳語として生まれた言葉だということをこういった作業を通じて知りました。

 楽曲としてのPastoralは、キリストの生誕に羊飼いが深く関わっていることから、子守唄をも意味します。日本の子守唄は2拍子が多いのですが、これはおんぶしながら寝かしつけるイメージから来ているようです。西洋の場合は、これが揺りかごになり、よって3拍子、あるいは6/8拍子が多いのです。ブルクミュラーのPastoralも6/8拍子で書かれていますね。

 Pastoralという言葉は、このように、田園、牧歌、羊飼い、牧師、子守唄、等々のイメージが渾然一体となったもので、キリスト教文化圏ならではの言葉だということを感じます。和訳された西洋音楽のタイトルを、そのまま日本語的なイメージだけで捉えるとニュアンスが掴み切れないことがありますが、このPastoralなども、その典型だと言えるでしょう。
 その他、この曲が備えている「Pastoralらしさ」として、牧童が吹く葦笛をイメージした漂うようなメロディー、そして安定感のある「動かないバス」などが挙げられます。 

 あまり知られていませんが、このブルクミュラーには、同じく音楽家の弟がいて、どちらかというと、この弟のほうがその才能を評価されていましたが、音楽史上に重要な位置を築くことなく、26歳で夭逝しています。
 ノルベルト・ブルクミュラー。幼少より音楽の才能を顕わし、シュポーアに作曲を学びました。メンデルスゾーンの葬送行進曲 Op.103は、このノルベルトのために書かれ、シューマンは、その夭折をシューベルトと並べて悼んでいます。主要作品に、交響曲第1番、交響曲第2番(未完成)、ピアノ協奏曲、ピアノソナタなどがありますが、まだ聴いたことはありません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?