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アーベントロート

以前コンテストに応募した作品です。
加筆修正して公開いたします。(※一部有料)


 びょおおお、ザッ、ザクッ。
 吹雪になってしまった。
 それでも私は、頂上を目指していた。引き返すべきだったが、振り返ると三歩前の足跡すら吹雪で消えかかっている。もう遅い。前に向き直っても、頂上は見えないが、あと数百mで到達できるはずだ。かじかんだ手足の指がまだ動くことを確かめてから、ピッケルを握り直し、アイゼンを立てて小さく一歩踏み出した。
 突風が吹きつける。氷の粒となった雪が顔を叩く。痛みと寒さの中で、不意に鼻先を夏の匂いが漂ったような気がした。その匂いを追いかけるように、私はゆっくりと目を閉じた。 

 私は昔から山が好きだった。道中も充分に魅力的だが、やはり頂上からの眺めが何より好きだった。見下ろす世界が今日も、そして明日からも平和であってほしいと願うのが、自分の使命のように感じていた。
 私の周りの人は、私を「良い人」だと言ってくれる。私自身でもそう思っているが、実際それなりに人を助け、サポートしてきた。
 命を救ったのは、今年の夏だった。
 焼けたアスファルトに降った雨が、蒸気となって街を蒸し始めたとき、私は交差点で信号が変わるのを待っていた。信号が変わった瞬間、一台の車が交差点に突っ込んできた。
 咄嗟のことだったが、車の方向を変えて、歩行者も運転手も怪我なく助けることができた。この時は間一髪だったな。
 そうだ、あれも夏のことだった。工事現場の足場の脇を通ったときに、クレーンで吊った鉄骨が滑り落ちそうになっているのが目に入った。〝力〟を使って支え、大きな事故を未然に防いだ。

 私はいわゆる神だ。

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