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汽車の夢

ナースコールが響いた。
深夜2時、暗がりの中にぼんやりと浮かぶナース室には私しかいない。301の数字を確認し、ああ佐藤さんか、トイレかな……と考えながら部屋へ入った。
「佐藤さ~ん、どうされましたか?トイレですか?」
個室なので、ためらいなく明かりをつける。室内にふんだんにばらまかれた光を浴びながら、佐藤さんは静かに首を横に振った。
「いいえ。思い出したんです」
「え?何をですか?」
佐藤さんは認知機能は割と保たれていると聞いていた。何か重要なことなのだろうか?聞き返すと、佐藤さんは笑顔で実はですね、と続けた。それを話したくてナースコールを押したのだろう。
「私、ここの病院に来たとき、意識がなかったでしょう」
「そうでしたね。脳梗塞で、意識低下でこちらにいらしたんですよね」
「そう。全然覚えてなくてね。でもね、ひとつだけ思い出したの」
痩せた手で、病衣の襟を正す。
「その間ね、夢を見てたの」
「夢……ですか」
点頭で続きを促す。そんなことで呼ばなくてもと少し思わなくもないが、こういうときはとにかく話を聞いておくものだ。
「そう。汽車の夢」
声が少しだけ大きくなった。心なしか姿勢も前のめりになっている。
「私がね……誰かと、汽車を待ってるの。長いこと、本当に長いこと待って…汽車が来たんです。それに乗ろうとしたら、一緒にいた人がね、乗せてくれないんです」
「誰か……?」
「そう。誰なのかはわからないの。そうこうしているうちにその人が汽車に乗って、そのまんま走っていってしまって……仕方がないから次の汽車を待とう……ってところで、目が覚めたんです」
「そう……ですか。もしかしたら、その人が佐藤さんを助けてくれたのかもしれませんね」
「そうねぇ」
佐藤さんはうんうんと頷いて笑顔を見せた。よし、これだけ聞けば十分だろう。
「では私は戻りますね。また、何かあったら呼んでください」
「あ、待って。これまで聞いてほしくて」
なんだろうか、ちょっとしつこいな。
「なんですか?」
「今も同じ夢を見たの。今回汽車に乗ったのはあなただったわ」

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