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映画「マシニスト」の指輪 〈映画の指輪のつくり方〉第52回

寝ろ!
2004年公開映画「マシニスト(The Machinist)」
文・みねこ美根(2021年8月16日連載公開)

私は、お勧めされたものになかなか手を出さない、という最低な癖がある。お勧めを聞くのも教えてもらうのも好き。でもなぜか、億劫になる。自分の中のタイミングに合えばいけるのだが、そうじゃないと一大決心しないと手を付けられない。ここで即座にチェックして「昨日教えてくれたやつ見たよ!」とか言えれば、人望のある素敵なヒューマンになれるんだろう。私は酷い人間なので、この「マシニスト」も5年前くらいに勧められて、やっと今回見たのだ。お勧めしてくれたのは、大学のときの映画友達。パルプ・フィクションの白目むいたユマ・サーマンのTシャツを着ていた。大学の必修授業で行った石川県珠洲市の民宿(ご飯が気絶するほど美味しかった)で、映画の話がやっとできて、そのときに教えてもらったものの1つだった気がする。卒業してからは会うことも話すこともなかったが、一年前の下北沢でのライブ終わりに駅で声をかけられた。「頑張ってるよね、応援してる」、とても短い言葉だけど、そのとき心がズタボロだった自分を救ってくれた。それからまた会ってない。かなり、さすらってる感があったが、今元気だろうか?。まだこちらも頑張ってますから、そっちも頑張れよー。

主演のクリスチャン・ベイルの凄まじい役の作り込みでも知られる「マシニスト」。機械工のトレバーは、1年近く続く不眠症に悩まされていた。同僚や、唯一の理解者である馴染みの娼婦スティーヴィー、真夜中に行くカフェの店員のマリアに、著しく痩せていく体を心配されながらも、変わらぬ生活を送っていた。ある時職場で見知らぬ溶接工がいることに気が付く。アイバンと名乗るその男に気を取られ、トレバーは他の同僚に大怪我を追わせてしまう。工場長に事情を聴かれたトレバーは「新しい溶接工のアイバンに気を取られてしまった」と説明するも、誰もアイバンという男を知らない。どんどん痩せ細る体、冷蔵庫に貼られている書き覚えのないメモ。トレバーは、自分は誰かに陥れられているのではないかと、次第に追い込まれていく…という話。

クリスチャン・ベイルは、この役のために30キロ近く減量し、撮影終了後に次に控えていた「バットマン ビギンズ」に向けて再び30キロ増やしたという。いやいや、数字だけで見たら小学生が一人現れたり消えたりしてるよ。凄すぎる。クリスチャン・ベイルのスジスジした顔が皮を引っ張り合って作る表情は、見てるこちらをより不安にさせるし、普通にめちゃくちゃ心配になるし、どんどん悲惨さが増す、この映画にぴったりの姿。

人間がどれくらい眠らないでいられるのか、というのは1964年にランディという少年が行った実験が世界記録とされているらしい。11日と12分。では、1年間眠れないとどうなってしまうんだろう。

この映画は、そんなクリスチャン・ベイルの役作りがよく取り上げられるが、脚本や映像演出、色合いもとても素晴らしくて、ラストを知った上で改めてみると、大納得祭りが開催される作品。レビューとか、ネタバレはもちろん、何も見ないで鑑賞して欲しい。私はレビューを見てしまって後悔した。私のこの文章だけ読んで、さあ、お行きなさい!

みんなの楽しみを奪わない程度に良いところを説明していくのがとても難しいのだが、まず色合い。鮮やかとは程遠い、陰気で、古びた蛍光灯の下にいるような、色の薄れた世界。そんな中でひときわ目立つのが、アイバンの赤い車だ。遊園地も人気のない雲った昼間のような不気味な色合い。お化け屋敷のトロッコに乗るシーンは、雑多で品のない感じがとても良い。トロッコに乗ってマリアの息子ニコラスと一緒にアトラクションを楽しむはずが…というシーンなのだが、あのオリジナリティ遊園地の不気味さって何なんだろうね。私も子どもの頃に地元のお祭りでお化け屋敷に入ったことがあるけど、雑さと突拍子もない配置と静けさが、逆にヤベェ感じを醸し出すから、早く出たくなる。子供向けのはずなのに生首とかが転がってる感じ。なんだかグロテスクなんだよね。あと、歴史あるところだけど、花やしきのお化け屋敷とかトロッコ系は、そのヤバさが逆に良くて好き(笑)。ちなみに花やしきの「友達みたいな~遊園地~♪」っていうテーマ曲も好き。

話が思い切りそれたが、お化け屋敷を早く出たくなるもどかしさだったり、噛み合わないやりとり、誰かにはめられているのではという猜疑心、違和感を、本作では主人公と同じように体験していく。トレバーが、ぼー…っとなるシーンで「おま、だいじょぶかよ…」となりつつも、居心地の悪さや謎を最後まで一緒に体験していくので、没入感がある。

何度も繰り返し現れる象徴的な景色や、アイテムの魅力も大きい。冷蔵庫に貼ってあるメモの不気味さも絶妙だし、メモを覗き込むときのアングル、このシーン大好き。冷蔵庫から見た、のぞき込むトレバーが映るのだが、構図が、ぽかんとしている。このぽかん感はホラーやサスペンスにおいてとても大事だと思う。例えばあれ、「シャイニング」の双子!あれもぽかん。そういう素っ頓狂な恐怖は映像でしか表せないから面白い!あと、アイバンの笑い方が漫画みたいにニシシって感じで、なんだこの怪しさ満点の人は!よくこの人見つけたね!とキャスティングに拍手。

ぜひ、この作品を見ていく途中で現れる違和感は、しっかり回収されるので、流さずに覚えておきつつ見進めて欲しい。そしてたくさんでてくるキーアイテム、今回の指輪はそれを盛り込んで作った。映画を見る前、見た後で、指輪のモチーフの印象も変わるはず。とにかく見るんだ!楽しんできてくれ!(動画内の今回のbgmは、ブラームス。何故眠くなるかと言うとEテレの「2355」という深夜番組で流れてるから。)

私もトレバーじゃないけれど「あれ、そう言ってませんでしたっけ?」みたいな噛み合わないことが多い。私は都合よく受け取る天才なので、私が曲解していることの方が多いんだろうけど、自信があるものを否定されると、脳が心配になる。そして今明け方にこれを書いているナウ。こういうときは眠いんだよなぁ。健康第一。免疫力のためにも睡眠をとるんだぞ。さあ、横になれ!横になるだけでも体は休まるらしいから!Let’sご自愛。

おやすみ。私みたいにホラー映画の予告みたいな夢じゃなくて、楽しい夢が見れますように!

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モチーフ:冷蔵庫、謎のメモ、お化け屋敷のルート666の看板、魚、パンプキンパイとコーヒー、洗剤、ピエロの人形、標識、腕、赤い車、アイスクリーム
音楽:ブラームス「ワルツ Op.39-15」
セヴラック「シューマンへの祈り」

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