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又吉直樹『劇場』サイン本お渡し会

又吉直樹の新刊『劇場』発売にともなうサイン本のお渡し会に行ってきた。

タイトルにちなみ、会場は銀座・博品館「劇場」。応募した300名は劇場の客席に座り、順番がくるとステージにあがり、ご本人からサイン本を受け取るという流れだった。

14時半、拍手で迎えられ又吉さんが登場した。「平日ですけどお仕事とか大丈夫ですか?」「皆さんいい顔してますね」と遠慮がちに言う姿がおかしくて、隣の人も、遠くの人も、みんなくすくす笑う。会いたい人に会えたら、しかもそれが新刊の発売日だったら、そりゃあ自然と「いい顔」になっちゃうよと思う。会場はやや女性が多めな印象だけど、男性もたくさん来ていて、年齢もさまざま。

「こういう時って、本を渡してその後握手するかどうか迷いますよね。今日は、基本しましょう。僕の方はするつもりできましたのでよかったら。」

というようなことを又吉さんが言うと、会場がわーっと盛り上がった。そんなことを自然と言える人柄に、始まる前からじーんとする。ハンカチを忘れなくてよかった。

私の順番は後ろの方だったので、ステージ上でひとりひとりに丁寧に本をわたす又吉さんとそれを受け取るお客さん、その後にかわされる握手の様子をしばらく眺めていた。
若い女の子、大学生っぽい男の子、働き盛りのお姉さん、白髪頭の男性、赤ちゃん連れのお母さん、サラリーマン風の男性、いろんな人が本を受け取って、何か声をかけて、丁寧に握手をしあう。このままこの風景をずっと見ていられたらいいのにと思うような素敵な風景だった。

そんな風にぼーっとしていたせいか、いざ自分の番になると緊張して何も考えられず、本を受け取って「ありがとうございます!」というのが精いっぱいだった。又吉さんは握手の仕方まで丁寧で、遠慮気味に差し出された手はとても温かかった。

『劇場』は、主人公の幸せへの沸点の低さ、不器用さ、残酷さやずるさ、さらに才能への激しい嫉妬やどこまでも埋まらない孤独にずーっと心を引っ張られた。劇団の内部の話は読んでいてとても苦しいし、上手くいかない時に一番大切にしたいはずの人にどんどん重く覆いかぶさっていく姿は残酷だった。けれど一方で、どうしたって汚すことのできないピュアな結晶みたいなものをみたような気がする。生きてると時々見られる美しい朝日とか、雲のない夜の月とか、子どもの産毛に跳ね返される涙とか、そういう加工のしようがない、もともとそれにしかなりようのなかったもの。苦しいけど美しいなにか。うまくいえないけど。くりかえし読んで、それをもっと確かめたい。

月に一度開催していた恵比寿のガーデンホールでのピースのライブや、又吉直樹主催「実験の夜」にひとりで足を運んでいた数年前は、わたし自身がいろいろ辛い時期だったけれど、ライブで笑って元気をもらったし、今では本からもたくさん刺激をもらっている。本当にありがとうございますという気持ちでいっぱい。
どうかどうか長く生きて、これからもたくさんの作品を書いてほしいです。

いただいたサポートは作品の制作のために使わせていただいています。