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創作のかけら:「遠い夏の日」

小学5年生の夏休みは祖母の家のある山梨で
過ごした
15時のおやつを食べ終わったら、虫取り網と虫籠を抱えて近くの林や川に出かけるのが日課だった
ある日、川の土手を歩いていると
鮮やかな碧い蝶が僕をひらひらと追い越して行った
見たことのない蝶だった
あわてて夢中で追いかけて
河原に入り水辺まで踏み込んで
滑る石に足を取られて転んで
ずぶ濡れになりながら
やっとの思いで網で捕まえて
虫籠に入れて
ほおっと見惚れた

夢のように綺麗だ
ずっと見ていたい
でもどうする
このまま連れて帰っても
長生きさせる自信がない
明日には籠の中で動かなくなるかもしれない

いっそのこと標本にしてしまおうか
いや、翔ぶ姿が見られなくなる
自由に翔ぶからこそ美しいんだ

木陰で長いこと悩んで
日が落ち始めた頃
決心して
やっぱり籠から放すことにした

蓋を開けるとほぼ同時に
蝶は飛び出した
夕陽を受けてきらきらと
夢のように耀く羽

ああ、やっぱり嫌だったよね
怖かったよね
ごめんね

見えなくなるまで見送ろうとそこにいると
川の向こう岸まで翔んでいった蝶が
わざわざまたこちらにひらひら戻ってきて
不思議に思っていたら
ぼくの胸に止まった

羽を広げ
そのステンドグラスさながらの
美しい紋様を
惜しげもなく見せてくれた

逃げる様子もない

『追い回したあげく
 籠に閉じ込めたのに
 ぼくが怖くないの?
 君も名残惜しいと思ってくれるの…?』

おそるおそる羽に触れた
まるでベルベットのような手触り
そっと撫でる
それでも逃げないでいてくれる
胸が熱く詰まるような感覚

まるで時間が止まったようだった

どれくらいそのままでいたのだろう
日が沈みかけ
「若者のすべて」が遠くから聞こえた
18時だ
まるでそれが合図だったかのように
蝶が羽ばたいた

『もう行かなくちゃ』
『さよなら、いつかまた、どこかで』

指先に残る鱗粉に
そっと口付けた
ひょっとして毒なのかな
ああ
それでも構わないや

🦋

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