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牧師夫人の徒然なるままに(七〇四)   「とこしえからとこしえまで」(詩90・2b)

 過去も、現在も、将来もすべてを一瞬にしてお見通しになっておられる創造主の視点で、私たちが生涯を展望出来ていたらと思いませんか。
 先日五十年間も交流の無かった方から封書が届きました。どうやって私の所在を知ったのかと疑問でしたが、電子機器があらゆる情報を世界中に飛散させている時代ですから、不思議はないのかも知れません。
 封書の中には、私が若かった時、看護学を学んだ時に提出した「看護実習記録」が入っていました。本人がそんなものの存在を忘れていたのに、半世紀の時を経て私の手元に戻ってきました。
 その当時、私は自分が看護師に向いていないと判断していました。それで、卒業と同時に大学の文学部に入学をいたしました。そこで、きっぱりと看護への思いは断ち切ったつもりでした。
 そんな現在の私が手にしたこの記録を読みながら、若かりし日の自分への評価は厳しすぎたかなあと思いました。それなりに良い実習記録だと、現在の私には思えるからです。
 でも、良かったです。当時の稚拙な私の判断が今の私のありようへと導いてくれたからです。少しの後悔もありません。とこしえまでは見通せない人間の限界が私の人生を真の道へと導いてくれたからです。

安食道子

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