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「牧師夫人の徒然なるままに」(八六四)「人の心の陰険さ」(エレミヤ17・9)

 最近の朝ドラで、戦後の混乱期の場面がありました。

帰還した負傷兵が白い衣を着て、ハーモニカを吹きながら募金活動をしている場面です。

私もそんな場面を実際に見た経験があります。当時、金沢市に住んでいました。既に戦後十五年以上も経過した頃です。とあるデパート前で義足の膝をつき、頭を垂れた負傷兵を見ました。脇には同じ白い服をまとった男が悲しいメロディーをハーモニカで奏でていました。幼い私の胸は怖さと悲しさに圧倒されました。

母は私の視線を無理やり反らして、呟きました。「生きて帰れただけでも感謝なのに。母さんのお兄ちゃんは戦死してもう帰ってこられないのに」と。

ところが、それから間もなくのことでした。私はとんでもない光景を見てしまいました。夕暮れ時に、義足の負傷兵が、突然立ち上がり、義足の装具を外し、驚愕して見つめる私に対して、毒づき威嚇しながらいそいそと仕事仕舞いを始めたのです。その時に私は「悪人の顔」というのを初めて見ました。私はそれまで、人の悪意とは無縁に育ってきた幸せな少女でした。

軍国主義がまだ抜けやらぬ時代でした。目上の人である大人の言うことは正しいとされる教育が余韻を残していた時代です。私は人の心に巣くう悪意の存在を初めてまざまざと知らされました。

安食道子

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