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Outer Wilds 本編にハマらなかった人こそ Echoes of the Eye (DLC) にハマるのでは?という体験談

いわゆるゾンビ向けの記事です。
記事中にネタバレバリバリあるし、全人類にはネタバレされずに Outer Wilds やってほしいので、Outer Wilds をやってない人は読まないでください。
もしくは本編だけクリアしてゾンビになりきれていない人は、とりあえず信じて Echoes of the Eye をやってください。



(ネタバレ防止空行)








本編にハマれなかった話

ずっと楽しみにしていた Outer Wilds がついに Nintendo Switch で出たのでやった。

数年前から Outer Wilds がヤベえという記事を色々読んでいたのでめちゃめちゃ楽しみにしていたし、 Switch 版の続報が全然なくて次世代機になるのかなと諦めていたところで唐突に発売告知が来たときにはめちゃめちゃテンションが上がった。

ただ、クリアまでプレイした結果、なんか本編はそこまでテンションが上がらなかった。

もちろん良かったところも色々ある。

全然何もわからない中で放り出されてもいろんな知識が自分の生きた知識になっていく感覚も、最初はめちゃめちゃ苦労していた探査艇の操縦やジェットパックでの移動がどんどん上手くなっていく感覚も、僕がゲームに求めている「成長の実感」を強く感じられるもので好きだった。
また、それぞれ個性のある惑星系を探索できるのも、量子の振る舞いが主要なテーマになっているのも、SF らしさを味わえて好みだった。
ストーリーとしても Nomai 属の努力と運命にはかなり感情が動かされたし、量子の月の巡礼に成功して Solanum と出会えたときはかなり感動と親しみを覚えた。

というわけで、ゲームとしてはかなり好きな要素ばっかりなんだけど……なんか自分にとっての革命的なゲームだとはそこまで思えなかった。

まずはその原因を考えてみる。

この作品は作者も述べている通り「好奇心駆動形の冒険(curiosity-driven exploration)」を目指したゲームとなっている。Outer Wilds に衝撃を受けた人たちの感想エントリを見ると、どうやら好奇心駆動で動いている中でピースがハマって自分の好奇心が気づきによって満たされた瞬間に強く感動しているケースが多そうに見える。

ただ、僕は Outer Wilds を進める際に「好奇心駆動形の冒険」という気持ちになりきれなかった。
というのも、プレイ中の僕は「22分後に滅んでしまうこの太陽系をどう救えば良いのか?」という明確なゴールを追っていて、その大きな課題解決のための小さな情報収集をするという捉え方をしてしまったからだ。

この作業何かに似てるなと考えたところ、僕は仕事でソフトウェアエンジニアをしているわけですが、これってインシデント対応じゃん!となった。
僕にとっての Outer Wilds のプレイ体験は「激ヤバのシステム障害インシデント(太陽系の死)が起きていることがわかっているが、その原因と対策は不明。自分もひよっこでほとんど知識も持っていないが周りは特に協力してくれず、唯一の仲間と言えるやつはなんかハンモックに乗ってダラダラしてるだけ 。じゃあドキュメントを読もうにも、先人(Nomai)の残したドキュメントは未知の用語がいっぱい出てきて、ドキュメントを読むために別のドキュメントを探しに行く必要があるという最悪な情報設計。どうやら自分がループしているのは言葉通りのレガシーなシステムが想定外に起動しまったからだし、しかもどうやら先人はテンション上がってシステム規定よりも出力を高めるとかいう人的バグを仕込んでいたらしい(ふざけんな!)」という、ソフトウェアエンジニアとしても最も辛い仕事の一つをしている気分になってしまった。

つらい構造

まあもちろん事前に情報を入れすぎたとかそういう問題もあるかもしれないが、こういった事情から本編にはハマれなかったというわけである。

Echoes of the Eye にはハマった話

そんなこんなで本編にはハマれなかったものの、DLC があるというのは知っていたので、これには興味を持った。
というのも、物語としてはほぼ完璧に完結している中で、どこに DLC を入れる余地があるのか全く想像できなかったからだ。

というわけで、本編クリア翌日には Echoes of the Eye (以下 DLC)を購入してプレイを始めたわけだが、これがめちゃめちゃ良かった。
なぜなら、本編とは違って DLC では「好奇心駆動形の冒険」を完璧な形で体験できたと感じられたからだ。

どういうことかというと、そもそもこの DLC は本編クリアに全く影響を与えないものであることがプレイを始めてすぐの段階でわかる。
DLC をインストールしてからひとまず本編のクリアルートを行っても特に変化がないし、航行記録も完全に別ツリーになってるし、どうやら本編とは完全に別物っぽいなと察せられたからである。

その状況下で DLC を進めようとするのは、「追加されたこの宇宙船には何が隠されているんだろう?」というストーリー上の好奇心と、「Outer Wilds における DLC ってどんなものになっているんだろう?」というメタな好奇心とで駆動される、完全な「好奇心駆動形の冒険」になっていた。

そもそも、この DLC で追加される宇宙船探索には何の課題も提示されない。
ただ未知の空間が広がっていて、未知のビジュアルな記録が残されているだけである。

そして、ビジュアルな記録に残ってる情報がなんか怖い。なんか怖そうな生物が怖い表情してるし、なんか怖そうな構造物作ってなんか閉じ込めてるっぽいし、怖い。しかも最終ゴールがどうやら閉じ込められたのもを開けることになってるっぽいのマジですか?なんかヤバい奴いそうで怖いので開けたくないのですが?となる。
というかそもそも「恐怖緩和オプション」とかいうのがある時点でめちゃめちゃ怖い。恐怖緩和オプションがあるってことは絶対怖いってことじゃんと思わせてくる。怖すぎる。
しかも終盤になるに連れてマジで怖い。音とか暗さとか造形のせいで、毎回鳥肌立てながらプレイする羽目になっていた。

こわすぎます

でも、なんらかの課題を解決するわけでもないのでただ好奇心だけがモチベーションだし、怖いけどその怖さを好奇心が上回るので進めざるを得ない、というのがめちゃめちゃ楽しい。
自分がこんなに好奇心だけで恐怖に打ち勝てるタイプだとは思ってなかったし、ちゃんと好奇心に打ち勝つとそれに応じた重要な情報を知れるのがとても良かった。

そして何より、ゲームのストーリー自体が「恐怖に打ち勝って好奇心を満たすこと」を称える内容になっているのが本当に感動した。
めっちゃ怖いやつが閉じ込められてるんだろうとビビッていた構造物の中にいた彼は、恐怖に負けて目を閉じて停滞するのではなく恐怖を乗り越えてでも未来を開くべきだという信念を教えてくれたし、それはまさに僕がこのゲームを進める中でやってきた行動だった。
さらに、彼が恐怖を乗り越えたおかげで歴史が紡がれているし今のプレイヤーがあるんだ、というのはかなりグワーッそうなんです!!となった。音楽も含めて演出が良すぎる。

改めて、DLC という形で完全な「好奇心駆動形の冒険」を提供してくれて、その経験をゲーム内で称えるという構造になっているというのが、マジで凄いゲームだなと心から理解できた。

おわりに

というわけで、Echoes of the Eye をクリアしたことで無事僕も Outer Wilds ゾンビの仲間入りを果たし、人々の Echoes of the Eye 感想やプレイ日記をあさりまくっている。

しかしどうやら Echoes of the Eye の感想やプレイ日記を残すのは(まあ当たり前のことだが)本編に感情を動かされまくった人たちばかりらしく、Echoes of the Eye の方にめちゃめちゃ感動した人の感想はほとんど見当たらなかった。

じゃあ僕が残すしか無いじゃないですか、ということで書いたのがこの記事である。
本編が大好きな人には価値観の違いを感じるところや反論したいところも多分にあるとは思いますが、こういう感想もあるんだというのがゾンビコミュニティの何らかの賑やかしになれば幸いです。

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