【小説】夏のスリーアウト(2)

(1)からつづく

 観客席では応援合戦が始まっていた。観音堂の応援席では、チアリーダーたちが、吹奏楽の演奏に合わせて飛び跳ねている。人気の女性アイドルグループのヒット曲メドレーだ。本家アイドルのダンスよりもダイナミックだった。今は、共学で野球部もあるが、四年前まで観音堂学園は女子校だった。チアや音楽系の部活動は、伝統も実力もある。地区大会決勝戦の応援は、晴れ舞台だった。
 賑やかな応援席の端で、初老の男が二人、額を寄せて話をしていた。校長と教頭である。
「決勝まで来ちゃったよ、教頭」
 校長は複雑な表情だ。帽子を取って頭の汗をタオルでぬぐう。校長の頭頂には毛がない。
「運がよかった。よすぎましたな」
 教頭がロマンスグレーの髪を気にしながら答えた。彼はこの髪が自慢である。
「本当に運だけで勝ってきましたな」
 教頭が愉快そうに言うので、校長が咎めた。
「教頭、喜んではいられないぞ。甲子園出場となると……」
「あ、校長、理事長が来られました」
 校長が顔を向けると、学園の理事長、黒川大介がゆっくりと近付いてくるところだった。この暑い中、高価なスーツを着込んでいる。
 理事長には加賀見という女性秘書がいて、今日も同伴していた。校長と教頭が、二人に挨拶しようと立ち上がった。その時、試合開始を告げるサイレンが鳴り響いた。

 マウンドの木田は、自分の感情を抑えきれずにいた。昨日、練習終わりに、坂本愛に気持ちを伝えた。二度目の告白だったが、彼女の返事は同じだった。
「木田君の気持ちは嬉しい。だけど、今は大事な大会中だよ。私たち三年生は、負けたら終わりなんだし、そっちに集中しなきゃ」
 彼女は木田のプライドをくすぐるセリフを付け加える。
「だって、木田君はエースなんだから」
「いや、それはまぁ、そうなんだけど」
 結局、昨日もうやむやになってしまった。俺は坂本愛が大好きだ。突き合ってくれたら、もっともっとがんばれる。
「それなのに」
 木田はグラブにボールを叩きつけながら考える。先頭打者が打席に入っていた。
「さっきのあいつの態度はなんだ」
 彼女が田村の脚にテーピングしている光景が浮かぶ。下半身に覆い被さるように見えた。ズボンをおろした田村の、むき出しの下半身にだ。
「くそーっ」
 木田は一球目を投げた。スピードはあったが、コースは内角高めに大きく外れた。バッターがのけぞる。キャッチャーのほか弁徳島が心配そうな顔をしていた。

 その後も、木田の投球は右に左に、上に下に散らばり続けたが、それが南海第二の強力打線を戸惑わせた。結局、一回表は全員フルカウントになったものの、四球のランナーを一人出しただけで終了した。

 続く一回裏の観音堂の攻撃。いきなりだった。先頭打者は、セカンド田村。木田にグラブをぶつけられて、顔の左が少し赤い。左ひざもまだ気になるようだ。それでも、田村は気合い十分の様子で打席に立った。自分の活躍を見せつけてやろう。そんな意気込みが伝わってくる。その初球。内角の速球が痛む左ひざを直撃した。
「デッドボーール」
 主審が高らかに宣言した。田村は脚を引きずりながら、なんとか一塁ベースへたどり着いた。塁審が「冷やしてきたら」と言ったので、彼はベンチに戻って来た。
「田村君、治療のため、しばらくお待ちください」
 場内アナウンスが流れる中、坂本愛にアイシングスプレーをかけてもらう。田村も、今度はうれしそうな顔をする余裕はないようだった。肩を回しながら、木田が鬼の形相でにらんでいた。

                          (3)につづく


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