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子育て親育ち

こんにちはmayumiです
前回の記事をたくさんの方に読んでいただき、驚きつつとってもうれしくおもっています。自分のことを話すのがあまり得意でなく勇気を出しての投稿だったので、たくさんのいいねフォローをいただき目に見える形で反応いただいたことは大変励みになりました。つながってくれてありがとうございます。

エピソード

私の子育て期は彼の病気やわたしの進学などその数年前は予測もしていなかったことが立て続けに起こり、駆け足で過ぎ去りました。
いやいや、このタイミングで母親が看護学校に行くなんてどうかしてるでしょと、いつ言われても仕方がないなと覚悟してましたが、両親をはじめ、子どもたちが通っていた保育園の先生方や子どものお友達のママ、私の看護学校の先生方や10も年の離れたクラスメイト、本当に本当に、周囲の人に良くしていただき、あたたかく見守っていただき、支えられて私たち家族は成り立っていたと思います。

彼は入退院を繰り返していましたし、実習があれば帰りが遅くなるから保育園のお迎えが一番最後になることもたびたびあったし、おじいちゃん(実父)の送り迎えも多かったから、子どもたちは不憫(ふびん)な思いをしていたのかなと思い、後になってこの頃のことを聞いてみたけれど、保育園が一番楽しかったと話しています。わたしがいない間も子どもたちも周りの人に助けられて過ごしていたのだと思います。

娘の成人式の日に保育園の先生が駆けつけてくれて、成長を泣いて喜んでくれたそうです。私のこともお母さんもよく頑張ってここまで育てたねと声をかけて下さったと娘から聞きました。娘はこの頃、わたしに対する不満もたくさんあったのでしょう、反抗期真っ最中でしたが、このことから周りの人に支えられて育ってきたことを実感したようで、わたしにも感謝の気持ちを言葉で素直に伝えてくれるようになりました。

娘について、ひとまず人として社会で生きていくことができるだろうと、子育てにひと段落を感じたのがこのタイミングだったのかなと思います。
そんな娘は今、医療従事者として最前線に立っています。

今おもうこと

わたしの子育ては周りのあたたかい見守りや助けがなければ成り立たなかったと思います。それから、子育てをしながら助産師になれたのは、わたしのわがままを受け止めてくれた周りの方たちのおかげでしかありません。子どもを育てるためにと思っていたのに、今では子どもたちにチャレンジさせてくれてありがとうと感謝しています。

周りの助けを借りて、やりたいことをあきらめずにやらせていただけたことは、彼を亡くした後の生きる自信につながりました。そしてそれを見て育つ子どもの希望になれたのなら、なによりだと思っています。

助産師として大切にしたいこと

キャリアだけに限りませんが、妊娠や子育て、人生のライフイベントに差し掛かった時に、ママ・パパが子どもへの愛情を持って自分らしい生き方を選ぶことは自信につながり、いずれ子どもの心に響くものがあると感じています。それには私が周りの方々にして頂いたように、あたたかい目と必要なところに行き届く手が必要だと思っています。

思いや希望は当然みんな違うから、おひとりおひとりに合った、たった一つの妊娠、出産、育児を一緒に考えて伴走できるような、あたたかい空間ができるといいなと思い描いています。






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