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ものごとに急にこだわらなくなるポジティブ思考の正体

ここ2年以上SEOライターの仕事をしている企業からの発注が減りそうだ。毎月初めになると翌月の発注本数が個人に伝えられるのだが、その本数が大幅に減った。

取引先企業の業績が悪化したわけではない。なぜなら近日私が新しく仕事を探すためにIndeedなどを探していると、常にこの企業がライターを募集しているためだ。ただしその報酬に関しては、私がもらっている報酬の半額くらいに設定されている。

つまり、私はおそらく費用が嵩むのだ。発注されているキーワードは難易度が高く、検索ボリュームの多いものなので首を切りたいというわけでもなさそうだが、できるだけ絞りたいか、できれば減額したいんだろうと思う。

この企業は私にとっては大の得意先で、めちゃくちゃ世話になっている。ここからの受注が減るかもしれないという予測は、実はここ半年以上想定していたことだ。はっきり言って、ここからの受注が減ってしまうのはかなり困る。実は、いつもこのことについてはビクついていた。

特にここ1カ月ほどで、いきなりChatGPTなどの台頭もあってSEOメディア自体の存在が危ぶまれ始めた。そこで私も、「大丈夫なのか?」「どうなんだ?」と日々気が気ではなかった。そこに来て、急に大幅に減らされるともなると、よほどショックな出来事なのだ。

最近の私は、ただでさえ将来に少し不安を覚えていた。自分はこのままで大丈夫なのか?ということを考える日々が続く中でのこの通達だ。ついに来てしまった、残念なお知らせなのだ。

しかし、実は私の反応は全く逆だった。その知らせを受けて確かに1時間くらいは「やべー」と思ったが、それからは急に完全に吹っ切って、いっそすがすがしい気分になった。

やっと、辞められる、と。

繰り返して言うが、私はこの取引先の仕事をすごく気に入っていた。報酬も良かったし、仕事自体が楽しかった。しかし、急に受注が減って思ったことは、「やっとこの仕事にこだわらなくてよくなる」「やっと自分のしたいことに集中できる」「やっと収入にこだわらなくてもよくなる」ということだ。

私は、フリーランスのライターとしては結構稼げている方だったと思う。その理由がこの企業との取引だった。この企業と取引をしてお金を稼ぐことで、「もっと自分は稼げるはずだ」「もっと安定したい」と考えるようになっていたように思う。

元々は安定志向でもなかったのに、安定した仕事が手に入ると維持したくなる。その結果、より稼げるように、より安定できるように必死になった。もともと特に求めていないのに、「他の人よりこの業界で稼げるかもしれない」と思うことでお金に縛られる結果になった。

この立場が崩れそうなときには、何としてでもつなぎ留めたいと思った。しかし、本当にヤバいとなったら、ここではない場所での活用に集中するしかない。

それはたぶんイラストの世界とか小説の世界のクリエイティブなことだろう。私は特にイラストレーターとして稼ぎたいという気持ちが薄かったが、それはWebライターの仕事の方が楽しいし儲かるからであって、もしこの仕事が儲からなくなるなら途端にイラストレーターとしての立場を確保せざるを得なくなる。

最近はAIの台頭で、多くの仕事が無くなっていくことが懸念されている。そんな中でも、当分の間はイラストの仕事はなくならないのだ(背景画やソシャゲキャラ制作などのイラストの仕事はAIにとって代わられる可能性が高いが、私の仕事はクリエイティブ路線なので当分の間はAI代替が効かない)。

これまでにも何度も、実はこの取引先との仕事をやめようかとも思ったことはあった。仕事自体は気に入ってはいるが、ようするにこの環境に甘えてしまうのだ。だから今回のように一気に仕事が減ると、1時間くらいはショックだけども、「ついにイラストの仕事に専念するときが来た」とワクワクするのだ。

いよいよイラストで何とかしなくてはいけなくなってきた。稼げるかどうかはおいておいて、小説も進めていこう。後には何もなくなったのだ。やっと、自分はお金へのこだわりを捨てて集中できるのだ。

ちなみに、そうはいっても目下のところは仕事は続いている。そもそもこの企業との取引は減ったとしてもこちらから切るつもりはないし、他にもいくつか仕事を増やす予定だし、結局けっこう安定してしまうはずだ。とはいえ、どうやらSEOの世界に甘えていられなくなってきたのは間違いがなく、そうなると全くこだわる気持ちが失せた。

今は完全に、やってやる、という気持ちだけが残った。

こういう、逆境に立たされると急にポジティブ思考になるのは、昔からの私の癖だ。「ちょっとヤバいかも」くらいの立場の時が一番不安定で、いよいよ「完全にダメ」となったら一気に楽しくなってくる。派遣切りを二回ほど受けたことがあるが、どっちもかなり楽しかった。

こんな風にポジティブになれる理由は、自分の意思とは関係なく生活を変えなければならないからだと思う。

それはもう私の判断とか意思とかは関係なく、その状況になったことは別に自分のせいではないので、結構楽しいことなのだ。逆に、自分の意思とか判断によって結果が変わるとき(今これをやっておけば維持できるかも、とかそういう余地があるとき)には、凄くこだわってしまう。

例えばここのところずっと、本当はイラストの仕事を増やした方がいいんだよなー、と思いながら、楽だし楽しいからSEOの仕事を続けてしまっていた。小説の執筆に関しても、まあ別にやらなくてもいいやっという状況だとなかなかできない。だけどそのどちらの場合も「本当はやりたい、やった方がいいことだけど…」という後ろめたい気持ちを持ち続けなければならない。

しかしここでSEOの仕事があんまり安定しなくなってくると、いよいよ「やるしかない」状況になってくる。こうなるともう気分は完全に前向きなのだ。

こういう、最終的にポジティブになれる自分、というものを久々に感じた。こういう自分の側面を私はすっかり忘れて不安になっていた。どんなことがあっても、厳しい環境では謎のポジティブになれる自分を信じて、突き進んでもよさそうだ。

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