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【小学生時代、葛藤の始まり。①】〜母と私と家族の物語〜


低学年の時

1〜3年生までを振り返ってみても、
今思い出せないので、
多分母と直接の葛藤は
深刻ではなかったと思う。


私は学校に行くのも楽しかったし、
団地に住んでいたので、
近所に同年代の友達が沢山いて、
毎日学校から帰ると外で遊んでいた。


今の子供達と違って、
友達と適当に約束して公園に行くか、


約束しなくても、
どこかに行けば知っている子がいて、
人数が集まると鬼ごっこ、
どろけいをやっていた。

私は当時ゲームもやってなかったし、
とにかく外で遊んでいた。


私はこの低学年の時を思い出すと
なんて自由で、気楽で、
楽しかったかと思う。

家の問題も気にもせず、
自分の事を考えていられたのだから。

でも、一つだけ辛かったのが、
幼稚園時代から少しづつ始まった
気管支喘息だった。

月1回、必ず発作を起こし、
小児科に行っていた。

母は献身的に看病してくれたし、
喘息を診てくれる病院に
連れて行ってくれたりしていた。

実は大人になって、


地元の喘息を専門に扱っていた
先生の著書が家にあって、
チラッと読んだ。


その病院の院長先生が書いた本に

喘息は
母原病(母親が原因で起こる病気)

と書いてあった。


この内容を目にして、
直ぐにそっと本を閉じた。


母にとって、何と残酷な内容だったのだろう。


喘息になる原因は確かに
精神的な要因があるかもしれない。

患っている本人は
全く気付いていなかったのだけど。


でもその原因が母親自身だと言われたら、
私なら相当落ち込むだろうし、


私が喘息で苦しむ度、母も苦しかったと
想像している。


私も母になってみて、
必死に子育てをしてる時期に
この内容を見たとしたら、、、と
思うとゾッとする。


結局私はこのクリニックに
私は行かなかった。


※今日はここでおしまいです。

次の回では、小学校の高学年を書きます。

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