ドイツに移り住むまでの道のり⑦ドイツ語の耳と溢れる感情
2014.02
帰って眠れる自分の部屋もみつかり、あたらしい仕事も始まった。
家から職場までの道のりを開拓したり、ワクワクするほど種類のたくさんあるパン屋さんでパンを買ったり、身振り手振りで同僚とコミュニケーションをとったり、毎日があたらしい冒険の日々。
部屋でインターネットが使えるようになるまで、カフェで必死に携帯電話の契約や銀行口座の開設の仕方、ビザや家探しの情報を集めたりしていた。
そのカフェでトイレの鍵を借りると、(当時、トイレを使うのに鍵を借りるシステムのカフェがあった)その鍵の開け方がわからなくて、我慢できなくなりそうで焦った。洗面所に付いている石鹸の出し方にも手間どった。
パン屋さんに行くと、パン屋のおばさんは必ずアジア人の私にもドイツ語で話しかけてくれる。
言ってることを理解するのにまず時間がかかるし、言葉を返そうとしてもドイツ語で考えるのに時間がかかるから、言葉がすぐに出てこない。
結局、「ありがとう(Dankeschön)」や「じゃあね(Tschüss)」などよく使う言葉だけを繰り返して、乗り切った。
ドイツ語が耳に入るたび、脳が熱を上げる毎日。
疲れるけれど、あたらしく出会う景色がとても刺激的だった。
そんな景色をもっと見たくて、休みの日に弾丸でケルンという歴史的な街を訪れる。夜着いた電車を降りて駅から出ると、目の前に突然、偉大な大聖堂が現れた。思わず、空気がなくなったように息を飲む。圧巻だった。
あたらしいものに出会いドキドキするたびに、日本を離れて遠くまで来たという感情が強くなる。
ふらふらと、知り合いのいない街をひとり歩いて過ごした。
帰りの電車まで時間があったのでケルン大聖堂の前に立ち寄ると、昨日までそこにはなかったグランドピアノが現れて、寒い中ひとり演奏している人がいた。
聴こえてきたのは、Michael JacksonのEarth Song。
少し疲れた脳みそにひとりで遠くまで来たという思いが溢れだして、心が震えて涙になった。
泣いている私を見て、近くでピアノを聴いていたお兄さんがビールを買ってきて優しく渡してくれる。
そのとき、涙以外に感情を表すことができる言葉を私は持っていなかった。
あなたはあなたらしく、わたしはわたしらしく。