もしもピアノが弾けたなら。ギター弾きのつぶやき

　私はギター弾きだが、ピアノが弾ける人がとても羨ましい。ピアノのキラキラした優雅な音色が好きだ。どんなにがんばっても、6弦のギターには出せない複雑なコード、右手と左手を器用に踊らせてかき鳴らす、雄大なメロディー。とても憧れる。

　私もほんの少しだけピアノを習ったことがある。小学校一年か二年の頃、半年くらいピアノ教室に通った。
母に連れられ、見学に行ったのは、酒屋さんの車庫の中にある、プレバフの小さなスペースだった。酒屋さんの娘さんがやっている小さなピアノ教室。先生の顔は覚えていない。でも、優しい女の先生だった。

　毎週一回、学校が終わってから、教室へ。前の人が終わるのを待って、教室の中に入る。そして、黒いピアノの前に先生と一緒に並んで座って、レッスンを受けた。練習が終わると、毎回赤バイエルの楽譜の上の空いたスペースに、かわいいシールを貼ってくれた。それが嬉しくてたまらなかった。先生はよく上手だと褒めてくれた。

　母は私のためにエレクトーンを買ってくれた。ピアノは高いから、予算内で買えるものを選んだのだろう。当時住んでいた木造平屋の昭和家屋は、居間と六畳間の二部屋の借家だった。エレクトーンは六畳間に置かれていた。
　私はうちではあまり練習しなかった。たぶん、多くの子供がそうだと思うが、面倒な練習はなかなか自分から進んでしたがらない。毎回、母に言われて、渋々一人で広い六畳間に行って、エレクトーンの電源を繋ぐ。　　　　
　弾き出すと面白いのだが、六畳間はがらんとしていて、冬は特に寒かった。練習に気乗りしないのは、それが一番の原因だった。

　短い期間だったが、ちょうど年に一度の発表会があった。私に与えられた課題曲はべートーベンの「喜びの歌」、いわゆる第九の初心者向けにアレンジされたものを弾いた。
　発表会が終わってまもなく、ピアノ教室はやめさせられた。
　母に「あなたが家で練習しないから、ピアノ教室はもうやめさせるからね」と言われた時は、「練習するからやらせて」と泣いて頼んだように、薄っすらと覚えている。
　今でもピアノを続けられなかったことはとても残念に思う。
　当時の我が家の経済状況からは続けさせられなかったのだと後で気づいた。
　とはいえ、小学四年からは算盤を習いに行かされたのだから、だったらピアノをやりたかったなとも思う。
でも、当時は思わなかったし、言わなかったんだよな、もう一度ピアノをやりたいって。

　もう一つ、ピアノに関するエピソードを書こうと思う。
　高校時代、私はいつもラジオや音楽を聴きながら勉強していた。好きな音楽はロックンロール。高校時代はエレキギターも弾いていた。
　受験が近づくにつれ、母から、もっと勉強に集中しなさいと何度も言われた。でも、私は、静かなより、この方が集中できるのだと、ゆずらなかった。よく見る親子の光景だろう。
　ある日、私が「クラシックなら聴きながら勉強すると、記憶力が上がるらしい」と母に話すと、それならとクラシックのCDを買いに行くことになった。
　母と一緒にCDショップなんて、小学生以来？いや、小学生の頃だって、数えるほどしかない。
　母もクラシックを聴くようなタイプでもなかったし、両親が普段聞いているのは演歌だった。母が若い頃買ったレコードが今でも残っているが、結婚してからは買っていない。子どもの歌のシングルがニ、三枚あるが、おそらくそれ以降はレコードを買っていなかったはずだ。

　私はショパンのCDを選び、買ってもらった。ウラジミル・アシュケナージ。有名なピアニストらしい。私もクラシックはあまりよくわからなかったが、ショパンのピアノ曲は好きだった。
　そうして、それからは母に買ってもらったショパンのCDを聴きながら勉強するようになった。記憶力向上の
効果の程はわからないが…

　私の実家も2回ほど引っ越しているが、母が私に買ってくれたエレクトーンは数年前までずっと家にあった。
　私が20代前半くらいまでは、時々自力で弾いてみようとたまに電源を入れることもあったが、次第に遠ざかっていた。
　結婚後、子供が少し大きくなり、実家に帰省中、エレクトーンでも弾かせてみようかと電源を入れてみたが、その時にはもう音が鳴らなくなっていた。
　それもそのはず、買ってから20年、いや30年近く経っているのだ。母が家計をやりくりして奮発して買ったエレクトーンは、何十年もの間ほとんど弾かれないまま、壊れてしまった。
　それまでに、親戚にあげようかという話が何度かあったという。伯母に孫に欲しいと言われたこともあるらしい。
　でも母はそれを断り続けた。母はエレクトーンを誰にもあげたくなかったのだ。おそらく、本当は母も私にずっとピアノを習わせたかったんだろうな。本当は母も、子どもの時、習いたかったんじゃないのかなと思う。

　ピアノの甘く切ない音色を聞くと、やはりいいなぁと思う。最近特に気に入っている曲があって、私も弾いてみたいけど、今からピアノは流石に無理があるから、今できる楽器、ギターで弾いてみたい。音楽の可能性は無限だからね。