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【短編小説】弱者のノクターン

この作業は、夜まで続いた。
「…今日はここまでにしよ。」
「で、でも!このままじゃあ…。」

三踊会(さんとうかい)
卒業を控えた三年生がそれぞれ出し物を準備して、学校スケジュール丸ごと使って次々発表していくというもの。
彼らは一週間後に待っている三踊会に向けて必死に楽器を鳴らしていた。

セットリストはそれぞれ4人が好きな曲一曲ずつ。
アニソン、J-POP、アニソン、海外のバンド
合計四曲を覚える予定なのだが、覚えるにしてはあまりにも短いスパンだった。

「もう疲れたって…。」
「でもせっかくやるなら笑われたくないじゃん…」
「いや今やっても何も入らんから…。」
「…わかった。一回休憩しよう。」

彼ら…というかギターの彼が焦っている理由。
それは三踊会には陽キャばかりが出るからなのである。
彼らはアニメへの憧れや音楽が好きという理由だけで即席で組んだ同じクラスの4人組。
楽器もベース以外は学校の備品で、対して高いクオリティを出せるわけではない。
さらに言えば、テレビやネットで流行っている曲をやるわけではないので、ポカンとする同学年の反応もなんとなく察しがついてきている。

みんながぼーっとするなか、ギターは一生懸命弾いた。
楽譜を見ては覚え、忘れては覚えを繰り返していた。
「すげえな、お前。」

次の日の授業終わり、今日も音楽室に入るギターの彼。
「ういっす…。」
「あれ?ゲンちゃんは?」
「あぁ、ほら今日木曜だろ?」
「……ガヴァンの日か。」
まずゲンちゃんとはボーカルの子の名称。
そしてガヴァンは、毎週木曜の五時半頃にやっているロボットアニメ。
セットリストのアニソンの一つはゲンちゃんが投票した。

「どうする?三人でやる?」
「まあ、ゆっくりやろうや。」
ギターの彼はなんとなく察していた。
ギターの彼と3人の間には熱量に差ができていた。
彼と以外の三人は、弾けるようになればそれでいいと思っていると。
「じゃあ最初のところから…。」
「…おっけー」
三人の音は教室のみならず、廊下を抜けてとなり、さらにその隣にまで響いた。

「あー、あの、ちょっと。」
ガラガラと、ドアが開く。
「あ、小島先生。」
「ちょっとうるさいよ。こっちサッカー部のミーティングあるからさ。」
「あ、すいません…。」
「あと裕二。お前テストの点数低かったのにこんなことしてていいんか?」
「え、あぁすいません…。」
「お前提出物も出せてないだろ?やべえよ。」
音楽室に重たい空気が流れる。

「ごめん。俺提出物あるし帰るわ。」
止める術はなく颯爽と抜けていく裕二。
「じゃあ二人で…」
「え、ギターとベースだけでやんの?」
「え?うん。」
「いやあ…みんな居ないとやれないでしょ…。」
ベースの彼は荷物をまとめる。
「え、帰るの?」
「いやー、だって…うん。まあ...うん。」
空虚な音楽室に一人取り残されるギターの彼。
廊下に目線をやりながら弾くギターは、いつもよりも少しこもっている気がした。

次の日、
「あれ、開いてない…。」
ギターの彼は帰りのホームルームが遅いので、いつもなら先に三人が来て雑談していた。
彼は階段を下って職員室まで鍵を取りに行き、階段を上って一人で開ける。
「…」
いつものようにチューニングから入り、調整する。
渇ききったギターの音が音楽室に広がる。
「…」
周りが休憩してる中一人で練習するのはできたが、いざ一人で練習するのは心細い。

その時
「よーっす!って誰もいないか….」
クラスの人気者が入ってきた。
「っているじゃん!びっくりした!」
「あ、どうも…。」
「いやー俊太帰ってたからてっきりフリーかと思ったのに!」
「え?俊太帰ったんですか?」
「え?知らされてないの?」
「え、あぁはい…。」
ベースの俊太は勝手に帰ってしまったらしい。

「そーなんだ…。ちょっと俺もここで練習していい?」
「あ、どうぞ!僕は帰るんで…」
ギターの彼は荷物を颯爽にまとめる。

「あ、待ってよ!」
「はい?」
「ちょっとここだけの話…何やるか教えてくれない?」
「いや、でも…」
三踊会のルールとして、サプライズ感が欲しいので何をやるかはお互い知らせない、もし何かわかっても当日までバラさない、知らないふりをするという暗黙のルールがある。

「わかった、一曲だけ!お互いに!」
人気者の誘いは断り切れなかった。
悪い奴ではないのだが、悪い奴ではないのが余計に断りづらかった。

「…へえ!意外!」
彼は自分が推薦した一曲のJ-POPを伝えた。
「俺らはね…」
「…!」
なんと驚いた。海外のバンドの曲がかぶっている。
「え、あ、そうなんですね…。」
「何その反応!!もしかして被ってる?」
ドキドキしながら小さく首を横に振る。
「そっか…それなら良かった!」
ギターの彼は音楽室を出る。
そのあと男はたった一曲だけ弾き終え、音楽室を出た。
「…そうか。」

本番の前日、部活も終わる時間なのになにやら学校全体が騒がしい。
皆最終チェックに入っている。
音楽室は人気者陽キャグループが先に来ていてはいれそうにもないので、空いた自分の教室を使った。
三人はきたが、なぜ昨日来なかったかは問わなかった。
というか問う時間がギターの彼には無かった。

「もうよくね?」
「うん。綺麗に決まってるし。」
「そうね。うまくなったよみんな」
「…わかった。」
彼はきっぱりそう言い放ち、帰る準備をした。
「…え?意外だな。」
「正直ちょいやると思ったが。」
「まあ早く帰れるに越したことないっしょ?」
「まあそうだけど…。」
「それに明日…」
「…うん。」

「…お前ら。」
「…あ!どうも…。」
「明日、分かってるな?」
「…はい。」

本番当日
「さあ!張り切っていきますよ三踊会!」
「今回のタイムテーブルは以下の通りとなっています!」
スクリーンに薄くタイムテーブルが乗る。

スクリーンの裏側…
「…」
「あれ?ほかのみんなは?」
人気者が彼に問いかける。
「…分かんないですね。」
「もしかして、喧嘩?」
「いや、どうでしょうね。」

「…俺さ!トップバッターだからさ、緊張するんだよねえ。」
エレキギターをぶら下げてるギターの彼とは対比に、人気者たちはサマになっている格好で堂々と立つ。
「君たちは俺たちの次やんね。頑張ろうぜ!」
強気なグーに対し貧弱なグーで返す。
颯爽とステージに飛び出す人気者たち。
裏側でもわかる、体育館自身が揺れるくらい歓声が沸いていた。

「それでは聞いてください…」
彼に伝えていた海外のバンドを弾く。会場は大盛り上がり。
中身じゃない、ギターを弾く姿やドラムをたたく姿に会場は惚れていた。

彼だけじゃない、自分の後ろに控える人気者たちも少し動揺していた。
「続いて歌う曲は….。」
会場からは拍手と少し戸惑いの声が交差する。
「…やっぱりか。」
ガヴァンのエンディングテーマ。ゲンちゃんが推薦した曲だ。
戸惑いの声はきっと、ガヴァンを知っている人たちであろう。
彼らとガヴァンのギャップに驚いてついつい出てしまった声である。

「ありがとうございました!もう一曲アニソンを歌います!」
今度は裕二が推薦した音楽。
きっと三人はギターの彼と一緒の手法で聞きだされたのであろう。
すべてを察した、というか察していたギターの彼は一度外を出る。

数分後
「…最後の曲となりました。聞いてください。」
薄ら笑いを浮かべて外から戻ってきていた彼を見る人気者。
ギターの彼が推薦した曲である。
弱きものの背中を押す。周りの圧に負けてほしくないという理由で選んだこの曲は、誰よりもギターの彼に合っていた。
…はずだった。
練習した全部の曲が、人気者に奪われてしまった。
自分達の考えたセットリストは体育館の中でこの瞬間から、人気者の曲という認識になってしまった。

「ありがとうございました!」
一度閉まる幕
一回片付ける黒子
一旦場をつなげるMC
「…じゃッ、次頑張ってねッ。」
肩をポンと置いた後、二やついて、クスクス笑って、高笑いをして去っていく人気者たち。

「えー、早いですが準備できたようですので…続いては4人組グループ、スリーピーフールです!それではどうぞ!」
幕が開く。
「…!」
舞台の真ん中には教室の椅子とスタンドマイクがポツンとおいてある。

「…」
会場の空気は先ほどまでと大きく代わり、さっきの感想を周りと共有しているもの、セットに疑問を持つもの、人気者のおっかけのそれぞれが集まってざわついていた。
そんな中、舞台袖からゆっくりと歩いて椅子に座るギターの彼。
彼はエレキギターを持っていなかった。
「…聞いてください。」
新たなギターの弦からは繊細な音、
そして慣れたように抑える左手。
弦と一緒に震わせてた喉仏。

バンドの練習の時とは全く違う綺麗な歌声でさっきまでばらついた感情を持っていた客を揺らす。

彼に今日まで降りかかったものは全て、ただ音楽を伝える為の感情となって歌の完成度を高めた。
その歌声とアコースティックギターの音色は高い体育館の屋根まで届いた。

「…ありがとうございました。」
普段の彼ならもらえないであろう拍手が会場からちらほら聞こえる。
そのうち一つにまとまっていき、人気者ほどではないが長めの拍手をもらいそのまま立ち上がる。
一曲しかやっていないが彼はこれまでにないほど満足していた。

「…よかったぞ!」
次に漫才か何かの準備をしていた人気者がヒソヒソと声をかけた。
「あ、ありがとうご….」
最後まで言い切ったつもりだが終わった後急に緊張してきて、声にならずフェードアウトしていった。

客席で元々準備されていた出席番号の席に座る。
隣の席の奴が小さく拍手で出迎える。
「いやー良かったよ。」
「まじ?ありがとう。」
「でもなんか最初4人組って言ってなかった?」
「あぁなんか、MCが間違えてたっぽい。」
「そうなのかぁ。でも良かったよほんと。」
グループだった奴らや人気者たちはこちらを見ていた気がする。
しかし今の彼の目に、彼以外の世界は見えなかった。

明度の違った人同士が重なりあった数日。
そんな中で、苦難を乗り越え最後まで歌い上げた最強の弱者の夜想曲は彼のいつもの生活よりも、少しだけ明るかった気がする。












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