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色彩の闇17

「良い子だ。…状況を報告して。」

直也は見たこともない表情をして見せた。
それは満面の笑みともとれるし、なにかに打ち震えているようにも見えた。
確かなのは、美沙が放った言葉が、直也の何かを触発した事だった。
呼吸が徐々に荒くなり、美沙への愛撫が非常に情熱的になっていった。

「彼は…私に過去の…忘れら…女性…を重ね…した…。」
「どうした?…ちゃんと説明してくれないと困るよ。」

そう言った直也が愛撫を止めるものではなかった。
つまりは、この状況下での報告を楽しんでいるようだった。
身体が勝手に反応するいちいちに、美沙の報告が付いてこれるものではなかった。
恍惚の世界に入り込みそうになれば、即座に痛みを持って現実に引き戻された。
直也は、女の敏感な部分を容赦なく責め立てる。
時に、身体が仰け反るような痛みを与えてまでも、状況を報告するよう強いた。

「あの男はお前をどう愛したんだ?ここは…?どう舐められた…?説明して。」
「う…後ろから…。」
「そう、後ろからね。」

その直後、直也は美沙を容易く俯せにし、報告通りのことをした。
それはまるで内藤と自分を比較させているようにも感じた。
それを確信させるかのように、直也の愛撫は濃厚でかつ、情熱的だった。

「おまえはその時もこんなに濡れたのか?」
「…!濡れてません…!」
「…うん、そうだろうな。」
「?」

その言葉の意味がわからなかった。
しかし直也だからこそ身体が反応している事に疑う余地はなかった。
彼もまた、それを確信したいがために、わざわざやっているのだと思った。

美沙が報告した内容は、全くの作り話だった。
内藤とは寝ていない。
直也の部屋に着いて、あれを見るまでは正直に話すつもりだった。
そんな理不尽は受け容れられないと、直也以外の男と寝ることなど出来ないと、泣いて許しを乞うつもりでいた。

リエさんと別れた後、美沙は内藤に電話をした。
あの時点で、美沙の覚悟は決まってはいた。
直也の言いつけ通り、内藤と寝るつもりでいた。
今日のお礼と、良ければこれから会えないかと誘うつもりでいた。
ところが電話に出た内藤は、それを察していたかのように美沙にこう伝えた。

「さっきはお恥ずかしい話を聞いてもらえて嬉しかったです。
男というものは、自分の本当の想いを言葉で言えないものなんですよ。
自分の事が好きかと本当はいつも確認したい。
でも女には言わずとも察しろと無茶なことを強請るんです。
そして失って初めて、どれだけ自分にとって大切な存在であったかを知るんです。
愚かで狭量な生き物なんです…。
美沙さん、あなたは良い恋愛をして欲しい。
あの「合鍵」の歌詞みたいには、ならないでくださいね。」

それ以上、何も言えなかった。
内藤の言葉の中に込められた、壮絶な悲しみと切実な想いが、胸に響いた。
この人は今も、その女性を愛しているのだろう…。
戯れでも、こんな素敵な人を仕掛けてはいけない…。

「内藤さんも、どうか素敵な恋愛をされてくださいね。」
「ははっ、ありがとうございます。」

その後、美沙は夜の街をゆっくりと歩いた。
内藤が愛した女性を想像しながら、先ほどの言葉を反芻しながら、《合鍵》の歌詞を重ねた。
いっそ憎めたら楽になれるのに、嫌いになれたら楽になれるのに、想いを断ち切るとは、まさに身を切られる想いなのだろう…。
だから今も内藤は苦しんでいる、そしてそれを自ら受け容れている…。
その贖罪は、いつまで続くのだろう。

掛け間違えたボタンのように、噛み合わなくなった歯車のように、男と女もまた、二度と時を同じくしない。
だからといって慎重に大切に時を重ねたとしても、それはやがて生活となり、社会となる。
剥き出してぶつかり合ってこそが恋愛だとすれば、その場面はなんと短く儚いものなのだろう…。
しかしどちらかを選べといわれたら、迷いなく後者を選ぶ。
いっそ、剥き出したまま燃え尽きてしまってたほうが、後悔などないのかもしれない。

美沙はそんな事を考えながら、気が付けば直也の家の近くまで来ていた。
直也がどんな事を要求するにせよ、真っ直ぐに向き合っていきたい。
そう考えていた。
ドアが開くまでは。

美沙の作り話に興奮した直也が、更に美沙を言及した。
内藤はどんな愛撫をしたのか、美沙はどんな愛撫を内藤にしたのか、そして内藤自身がどんな形をしていて、どんなSEXをしたのか、全て話すように強要された。

「私の目をずっと見たまま…愛して貰いました。」
「そう、愛人にしてもらえば良かったじゃない。」
「!」
「そうすれば好きなことを好きなだけして暮らせるよ?羨ましいな。」
「私は!…直也さんのことが…!」
「…ふっ、おまえは俺の事が好きなんじゃないだろう?」
「!」

美沙は直也を直視して真意を探った。

「直也さん、それどういう…!」

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