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色彩の闇27

手に握ったままの携帯が鳴り続けているのに気がつくまで、暫くかかった。
それは意識を失うように眠ってしまったことで、現実を掌握できなかったからだった。
ここは自分の部屋で、しかもほぼ全裸に掛物も羽織らずに眠っていたようで、全身が冷蔵庫の中にある食べ物のように冷え切っていた。
カーテンを閉め忘れた窓から、陽が燦々と差し込んでいた。

「やっと出たわね!間に合わないかと思ったわ!」

電話の主は志乃ママだった。
昨日の夜に、ケンちゃんという人が飛び降りたビルの前で別れたきりだった。
確かママはあれから警察で事情聴取を…。

「お、おはようございます。どうしたんですか?何かあったんですか?」
「時間がないから用件だけ言うわ!アンタを巻き込んでしまったことだし」
「…え?」
「私、ガクちゃんと逃げるから!」
「えっ?!ママ!それ…って!」
「昨夜のケンちゃんの件で目が覚めたわ!残された人生、私は誰の力にも屈しないわ!自由を取り返すのよ!」
「…そ、それはいいですけど、店はどうするんてすか?!リエさんは?!」
「これからの私に必要ないものよ!」

潔い…。
ママの選択は、とても眩しく感じた。
もちろん、大人としての責任であるとか、義理であるとか、為さねばならない事はあるだろうが。
ママは、自由を選択したんだ…。
新しい手を取って。

「これからどこへ…?」
「それはアンタも知らない方がいいでしょ?ただ、ないとは思うけどリエさんの面倒に巻き込んでしまったらと思うと、一言いってからと思ってね」
「はあ…、大きな置き土産ですね…!」
「あら、言うわねー!優等生やめたの?その方がいいわ、昨日からのアンタの方がずっといい」
「はい…私も、やりたいことを選んで生きていきます」
「そうね!じゃあもう切るわ!お元気で!」
「はい、ママも!あ、ガクをよろしくお願いします」
「当たり前じゃない!じゃあね!」

ママの声はいろいろなものを含んでいた。
楽しみであったり、嬉しさであったり、未知への好奇心だったり。
ああ、夢って、こういうのを言うのだろうなと思った。
ここから様々なリスクや、中傷もあるだろうに、そういった不安が先に立って動けなくなるほうが本来は常だ。
だからそれらを呑み込んで動いたママたちは、とても、とても眩しかった。

私は…。
これからどう生きよう。

心は清々しかった。
昨夜の、直也にすがり泣いた美沙はもう居なかった。
直也が居なければ生きていけないと、なりふり構わずとった行動で、やっと直也と向き合えた気がした。
愛は、対峙と感謝ー
昨日の直也の言葉を思い返しては、反芻した。
大丈夫、大丈夫だよ…。
私を傷つけることができるのは、私だけ。
深く呼吸をしながら、身体の奥へ押し込むように言い聞かせた。

もう少し時間が掛かるだろうけど、
私は、私の中の小さい私を許していこう…。
そして、私を傷つけた人たちを、許していこう…。

さぁ、朝ごはんでも作ろうかな。
そして掃除もしよう。
あとで散歩もしよう。
私は、私に快適な環境を与えてあげよう。

そして、ゆっくり考えよう。
私のこれからを。


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