見出し画像

ポルトガル発、カレーライスのために生まれたスプーン

食の世界に限った話ではないのかもしれませんが、

道具が大好き!

というタイプが、この世界の住人には本当に多いなぁと思います。
料理撮影の現場では、ふとした瞬間に
そういう道具好きな人の“情熱”が垣間見えちゃうことがよくありました。
ピカピカ黒光りする鉄の小さなフライパンがあまりに素敵なので聞いたら
「これは30年もの。柄が折れたので自分でカスタマイズした」とか、
「ゴーヤの芯を取り除く専用スプーン」を自慢されたこともありました。
(給食を食べるようなステンレスの、細長い風変わりなフォルムだった)

そういう人ってたいがい、スタイリストか料理家です。
私が今まで見た人たちを分類すると、うつわ派、布派、カトラリー派、ガラス派と、その嗜好性はさらに細分化されています。

あまり語らない割に、どこかで丸見え

というのが、彼ら彼女らに共通する特徴で、
決して人に強いて見せることはないのに

「私はこれが死ぬほど好き!」と物言わずしてにじみ出る世界観
みたいなものが、いっそ哲学的にも見えたものです。

こういう道具フェチって、
日本人に多いのかなぁと思っていたのですが
つい最近、そうでもないぞという面白い話を聞きました。
“ポルトガルの燕三条”と異名をとる(私が勝手に言ってる)
北部の町ギマランイスにある老舗のカトラリーブランド
クチポール(Cutipol)。ここのカトラリーを眺めれば、

道具への強い愛と執着

を感じずにはいられないだろうというのです。

ところでクチポールってみなさん、ご存知でしょうか?

スタイリストや料理研究家、ライフスタイル誌の編集者などから
引っ張りだこのおしゃれカトラリーブランドで、
ファインダイニングでも多くの店が採用しています。
正直なところ私は、とにかくおっしゃれーというイメージが頭にあって、
何十年続く老舗ブランドであることや
今も家族経営をベースに連綿と手作業で作られていることなどを
よくわかっていませんでした。

私にクチポールにおける道具フェティシズムを教えてくれたのは
同ブランドの日本取り扱い会社に勤める、世一(よいち)英佑さん。
本好き、道具好き、カレー好きの世一さんは
カレーはかすがい」とnoteで言い放った私に対し、

そのカレーを何でどう食べるのか

という問いを投げかけてくれたのでした。
というのも、クチポールからこの夏新たに誕生したスプーンがなんと、
ポルトガル人の職人さんが、
「日本のカレーライスとは如何なるものか?」を考えて作ったのだというのです。
ちょっと、世一さんにご登場いただきましょう。

「弊社(「get it」社)とクチポールは15年にもわたり長いお付き合いを続けています。ビジネスのお付き合いではありますが、なにぶん向こうは何世代にもわたるファミリー経営で、ドライなやりとりではなんとなくしっくりしなくて。なので、こちらにもクチポール専任の担当者がいます。
毎年、担当の彼女が彼らと会い、いろんな話をするうちに、単なる輸入会社×製造メーカーを超える温かい人間関係になっていました。新しい商品作りについても意見が出し合えるようになって、いつも本当に親身になって日本のことやリクエストを聞いてくれるんですって。向こうから日本にサンプルが届けられるときは、ポルトガルの町で作られたワインが入っていたりと、まるで親戚と付き合いを続けているようななんともほのぼのとした関係なんですよね〜」

クチポールといえばしゃれた細身のフォルム、豊富なカラーバリエというイメージを抱いていた私にはこれは意外な話でした。
日本に対し、純粋な興味を募らせたクチポール本社は、日本サイドに対して
「もしよかったら、次のシリーズは命名権をプレゼントするよ」
という信じられない申し出をしたのだそう。
その結果、2019年の秋に出た「MIO」は
日本をイメージし、少しほっそりめのフォルムが優しい雰囲気を与えるもので、
「get it」社員たちが「え、いいのマジで?」と言いながら、
日本語の「澪」に由来して命名したのだといいます。

誰も知らなかった、人気ブランド「クチポール」の日本贔屓。
次に生まれたのが、「にっぽんのカレーライス」のために考えられた
「NAU」というシリーズです。
前出「MIO」に比べ、こちらは少し平べったい形。

「スプーンの口に入れる部分を『つぼ』っていいますが(知らなかった!)、ほら、NAUのスプーンてつぼが少し角ばってるんです。MIOと並べて見てみると一目瞭然でしょう? これ、皿に残ったカレーのルーをすくうのに便利なんですよ。あと、手に持った時に気づくこと、ありません?」(世一さん)

あ、子ども用の鉛筆みたい!

少し三角形になっていて、持つとスッと美しい仕草に見えるし
重量感が手になじみます。なんだこれ。
他にも、“つぼ”が広めでごはんとルーをたっぷりのせられるし、
直線になった先端部分は、ジャガイモなどの具材を切るのにも便利です。
唇に当てても、ヘリがなじんで無理なく食事が楽しめるのもいい感じ。
聞けば、クチポールというのは製品を作る際に人間工学に基づく考察を幾度も繰り返すそうで、
天然樹脂製の柄のフォルムから重量感やバランスの調整はもちろん、
シリーズごとに“つぼ”のシェイプや厚さまで変えてあり、
おそらく、このNAUの開発に当たった職人さんたちは
日本の担当者の方から聞いた「日本の国民食、カレーライス」に思いをはせ
このスプーンが多くのカレー大好き日本人に愛されることを夢見て
実験を繰り返したんだろうなぁと思うのです。

しかもね、このネーミングにもクチポール社の方々の温かさが隠れてます。
大昔、日本とポルトガルが南蛮貿易によって交流を重ねていた大航海時代、
ポルトガルの港を旅立って遠いジパングに向かう帆船が
NAUと呼ばれていたんだそうです。

いい話だよねぇ、ほんわかするねぇと
聞いた当初は思ったのですが、
そのうちに、
いやこれ、もっと大切な話だよねと感じ始めました。

今の時代、万能選手は必要ですか?

と問われているように思ったのです。

カレーライスのために生まれたスプーン。
個性的なフォルムは好き嫌いが分かれるだろうし
細いシェイプの柄と持ち重りの加減は、戸惑う人もいるかもしれません。
でも、ここに詰まっているのは、

必然の元に誕生したというストーリー

です。
大人気ブランドとなったクチポール社の製品だけに
昨今、真似っこ商品も多々見かけるのですが、やはりすべてが似て非なる。
非なるモノにないモノとはすなわち
誕生までに要されたストーリーと情熱であり
これがないままに生まれたモノというのは
やはりどこかに無理や欺瞞(ぎまん)が感じられてしまう。

そんなことが一気にふに落ちた次第です。
いいスプーンに出合いました。

#ブランディング #カレーライス #モノづくり

フードトレンドのエディター・ディレクター。 「美味しいもの」の裏や周りにくっついているストーリーや“事情”を読み解き、お伝えしたいと思っています。