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海老のカレーが教えてくれた

食の編集者として生きてきましたが、
告白すると、料理はそこまで上手ではありません。
instagramでは朝食のトーストを投稿することもありますが
料理というよりは「何をのせるか」の方が重要でして
技術が必要な料理、例えば、だし巻き卵やオムレツ、
パスタなどは、作った記憶は多々ありますが
満足のいく結果は、まだ見たことがありません。悔しい……。

しかし、そんな私にもたったひとつ、“武器”があります。

カレーなら負けません

本当に、カレーだけはものすごく美味しいのを作れます。
30歳を前に、出版社に転職すべく応募した際の履歴書が残ってますが
そこにも「特技」の欄には堂々と「カレー」と書かれています。
(TOEICとか書道とかそういうことを書く欄だよ、29歳の私のバカ者)
でも、我ながら自分が作るスパイスカレーだけは、多少やり方を変えたとしても美味しいなぁと毎度感動してしまうのです。

子どもを持たず、毎日が好き勝手な暮らし。
互いにモリモリ働きつつ、長い間同居を続ける家人(カレー好き)とは今や

カレーはかすがい

というようなステージにきており、
楽しいデートや、ワクワクするような会話がなくなっても
毎週末、昼に作るカレーがあるというだけで、
なんとなく落ち着いて生活を続けられているような感さえあります。

私が作るカレーは、さらさら&香辛料たっぷりのスパイスカレーです。
鶏ガラや香味野菜を長時間煮込んでとるスープストックを使い、
スタータースパイスはもちろん、後追いスパイスもわんさか入れて、
チキン、もしくは表面を焼いたポークがメインのスパイスカレー。
いつも使うバーミキュラのホーロー鍋の内側はすっかりカレー色に染まり、
食べるたび、食卓は静かながらも美味しさにふるえる、それが日常でした。
こういう感じです。

それが先日、ぼんやりTVを見ていたら、
現役東大院生の印度カリー子さんという女子が

今日のお昼はカレーです〜♡

と言いながら、料理に取り掛かるシーンが映っていました。
浅い鍋にオイルとスタータースパイスを数種入れ(ここまでは私も同じ)、
そこから、トマト、海老を手で潰しながら入れ、水とスパイス足して完成。
まるでお味噌汁を作るくらいの短時間と手間で完成した
見るからに美味しそうなさらさらカレーが、TVで紹介されていました。

何これ。煮込みは?香りは?
びっくりした私は、早速真似してみたのですが、驚きました。
これまでとはまったくベクトルの異なる美味しさ。そして簡単さ。
ポイントは、有頭海老を使うことです。
完熟トマトと有頭海老を手で握り潰しながら入れる様(さま)は
我ながら怪獣っぽくて引くのですが、
そのどちらからも、最高の旨味とコクがばーん!とにじみ出ていました。
さらには、今までのチキンやポークのカレーの4分の1くらいの時間で完成し、
スパイスの香りの鮮やかさと言ったら!
うれしいような悔しいような、この海老カレーに完全に軍配が上がったのでした。

それがどうした

と思われるでしょうか。しかし、これは由々しき事態です。
私が長い間信じて作り続けた「美味しいカレー」は確かに美味しい。
けれど、頑なに鶏ガラを手間隙かけてひいてきた以外にも
世界にはあらゆる「カレーの解」があるのに、
そんなものの存在を知ることもなく

え、私のカレーを食べたいって? 
でも、食べたら最後、私のこと好きになっちゃうかもよ?

などとうそぶいていた自分が恥ずかしい。
知らないこと、試していないことの怖さを、まざまざ思い知ったのです。

聞けば、印度カリー子さんというのは、
スパイスが好きすぎて、今も大学でスパイス研究をしていらっしゃるのだそう。
毎日カレーを食し、カレーを求めて旅をし、美味しさの理由を探し続ける人。
ご自宅で、カレーを手で食べてるのはさすがに驚きました。
しかし、私にとってカレーとは強く光る1点の星のような存在でしたが
カリー子さんにとってのそれは、
キラキラといろんな面で輝きを見せる
多面体のダイヤモンドのようなものなんでしょうね。

同時に、

カレーの奥深さに、今再び参りました

すでに「かすがい」と呼び、擬人化させていた私ですが、
この件もあり、「仙人」的な存在に格上げせざるを得ません。
「かすがい」とは、大切な子を見る視点。
しかし、これほどまでに自由で、やり方を変えても別の美味しさを醸し出してくれるカレー。今や、私を教育する立場にいらっしゃる。

どんな状況におかれても
「あ、では別の方法で美味しくなってみせます」と言える、
そんなカレーのような強さとしたたかさがほしい。
多少スパイスを入れ替えたところで「これもありだったね♡」と言わせる
懐の深さ、応用力の広さを、カレーに学びたい。
ちょっと大げさかもしれませんが、
カレーのような女になって、アフターコロナも楽しく生きていけたらと
海老のカレー事件を経て思うのでした。

#料理 #COMEMO #アフターコロナ


フードトレンドのエディター・ディレクター。 「美味しいもの」の裏や周りにくっついているストーリーや“事情”を読み解き、お伝えしたいと思っています。