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その仕事は黒いか、バラ色か

かねてから、

会社を辞めた人ってなんてうれしそうな顔してるんだろう

と思っていました。
辞めた手前、意地になってるんじゃないの〜、とも。意地悪ですみません。
でも、そのくらい、私は会社や自分の仕事が好きだった。

ですが、退職してしばらく経った今、

なんだ、私も結局そうなってる

という意外な発見をしています。

誤解のないように申し上げると、
17年以上務めた出版社のことを私は本当に大切に思ってきました。
辞めた今も感謝でいっぱい。
ズタボロになるようなこともたくさんあったけれど、
デジタルからイベント、営業に至るまで、編集に関係なさそうなジャンルも含めて挑戦の連続だったあの環境で育んでいただいたものは
ちょっとやそっとではへこたれない、という図々しいまでの強さです。

なのに、今、毎日が楽しい……。しかも最高に。
退職後、どれほどの不安や戸惑いに苛まれることだろうと想像しては震え、
辞めようか踏みとどまるか、ほぼ1年の間考え続けました。
辞めようと思うんです、と上長に申し出た際も実は、
「正社員ではなくふんわりした年俸制社員にしてもらえませんか」と懇願し

そのような制度がないんです、ごめんなさいね……

と言わせてしまったのでした。こちらこそ、本当にすみません。
しかし、サラリーマンラブだった心に嘘はなかったはずなのに、なに、今の私のこの気持ち。
考えてみるにつれ、思い浮かぶのは、
今、目の前にある仕事がすべて、1ミリ残さず自分で選んだものだという事実です。
小さな仕事から大きなプロジェクトまで、すべて自分でイエスと言った。
誰からも強制されていないし頼まれたわけでもない、私の仕事です。
自分という上司に対しては、情けないほど従順に従うんだなと、
半ば呆れながらも、先達の表情に今さら納得がいくのでした。

昨今、ブラック企業という言葉が人々の間で忌み嫌われ、
企業側も、そうはなるまいと産業医を雇ったり勤務時間の上限を決めたり、
働く側も働かせる側も、躍起になってこの問題から逃れようとしています。
働く意味が見出せないままに深刻な状況に陥った方々の、たくさんの悲劇も見聞きしてきました。
今の私の立場で、えらそうに申し上げられるものではないと知りつつ

そういえば、シェフって“鉄人か”ってくらい働きマンが多いよね

と思い出しました。特に自身のお店を構えるシェフは。
昼はいろんな人と会って、午後から店で下準備を始め、
スタッフを褒めたり怒ったり、みんなで賄いを食べて、店が始まる。
終わったら片付けして掃除して……というところで、まだ終わりません。
そこから料理のセミナーに出たり(飲食業界で働く方々の勉強会は、夜中に開催されたりします)、友人と食事に行ったり、
夜釣りに行って朝帰ってくるような猛者もいます(!)。
店を出た後もおそらくずっと、料理のこと、メニューのこと、経営のこと、業界のことを考え続ける熱い人たち。
彼らの頭をCTスキャンでのぞいてみたら、
「楽しい!死にそう!」という2ワードのみが出るのではないでしょうか。

そんなシェフに振り回されっぱなしのスタッフが周りにいるとしたら、確かに彼らにとって飲食業界はブラックな職場かもしれません。
しかし、同じ内容の仕事をしていても、バラ色環境だというスタッフもいます。

思うに、「仕事」が自分のこと、つまり「自事」だと言える分には、
働くってバラ色なのではないでしょうか。
でも、悲しいことにそうではない場合、

仕事は死事。そこに自分がいないから。

ブラックな職場に勤めるのはハードで辛いことだけれど、
自分がその仕事を好きか嫌いか分からない灰色の環境にいるうちが、
実は最もつまらない、砂のような時間の堆積なのかもしれません。

最近、知り合いのシェフや飲食業界の担い手たちは、しばしば、
この業界の悪しきブラック環境を正したいと言い、頑張っています。
かといって、実はものすごく多くの細かくしんどい作業が存在するのが、この業界。
多くのシェフが尊敬する伝説のレストラン「コートドール」などは、
1日に4回、厨房を掃除しているそうです。
しかも、コンロのネジ一本に至るまで外して磨くほどの徹底ぶり。
でも、厨房を覗かせていただいた際に驚いたのは、そこで働く若い方々の猛烈に楽しそうな様子でした。
仕事がハードだろうが作業が細かくて大変だろうが、
今自分がやっていることが何につながり、自分はどこに行けるのか
が明確に示されれば、仕事は少しずつ自分の元へと寄ってきてくれるんだろうと思います。

なので、ブラック環境を是正するのに真に必要なのは、
仕事量を減らす以上に、目的や仕事の意味をクリアに示してあげられることではないでしょうか。

社長も従業員も私1人という会社に“転職”した私は今、
改めて仕事、そして自分の手の中にある時間の価値を再評価しようと頑張っています。
努力せずに文句を言い始めたら即刻クビにしてやる。笑
一生、体が動く限り、色彩にあふれた仕事に関わっていられたらなぁと思います。

#料理 #COMEMO #働き方

フードトレンドのエディター・ディレクター。 「美味しいもの」の裏や周りにくっついているストーリーや“事情”を読み解き、お伝えしたいと思っています。