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ひとひら小説「バター飴の休日」

原稿用紙1枚と半分の小説です。今よりずっとロマンチストだったときに書きました。


「いってらっしゃーい」
胸の前で手を小さくふると、どんちゃんは振り返って、ヒョイっと手をあげる。その仕草がいつまでたっても照れてるので、良いなぁと思う。

ドアが閉まって、ワクワクとする。
机の上を片付けかけて、やめて、お茶漬けを食べて服を着替える。
日焼け止めとアイラインだけ引いて、スニーカーで出かける。
別に用事はないのだけど、仕事を休むことにした。ひと段落したから。夫にも内緒で休む。

平日の昼間はこんなふうに、街はおばさんたちのものなんだ。
みんな同じダークブラウンの服を着て同じ靴はいて商店街をぷらぷらしてる。
美容院の前で、パーマ液で腕まで荒れた若い女の子が、先輩の話に相槌を打っている。中はお客さんが一人もいない。呼び込むわけでもなく、二人で視線だけ前のまま、話をしてる。
「あの、いいですか?予約とかしてないんですけど」
二人はパッと顔を明るくして、どうぞどうぞと案内する。
先輩のほうが、2時間もかけてショートをベリーショートにしてくれた。

髪に合うヘアピンを買いに行く
あれこれ迷って、ついでに物産展でバター飴を買って、あー多分全部食べないな、と思う。
いつも帰宅の時には閉まってるお肉屋さんで豚バラの薄切りを買う。
家について、バター飴を舐める。
甘くて塩っぱくてやっぱり一個で充分。

どんちゃんが帰ってきても、会社を休んだことは黙っていよう。どんちゃんは近代史に残すべきいい夫でなんの不満もない。でもそれとこれとは別なのだ。人には誰にも知られない一日が必要だ。

どんちゃんもそうかな?と思う。どんちゃんにも、私に秘密のこんな一日があるかな。

あるといいな、と思う。
バター飴とほうじ茶はよく合う。

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