ひとひら小説「花火ともだち」
800字のおはなしです。
今朝、ドレスのリボンを結びながら母が「あたしはあんたと賢ちゃんがつきあってんだと思ってたんだけどねぇ…」と言った。
「はぁ?なんで?」と言うと、
「だってあんたずっと彼氏の話、してくれないじゃない」と言うので、可哀想になった。
お母さん、あんたの娘は彼氏がいたことがないんです。
私は致命的にモテないのである。
ある年、賢治と2人で花火大会に行ったことがあった。
お嫁さんの前に付き合ってた彼女に、浮気された上に捨てられて痩せこけた賢治を、いこーよいこーよって子供のふりをして家から引っ張り出した。
浴衣は着なかった。それはズルい、と思ったからだ。
賢治はずーっとぼーっとしており、花火を見ては、ぼーっ。焼き鳥を食べては、ぼーっ。私は最初こそ、ベラベラと何かを話していたけど、なんだかバカらしくなって、しまいには一緒に隣でぼーっとしていた。
どのくらいたったのか、突然、凄まじい勢いで花火が連打され、空が一面真っ赤になった。
すると、賢治がいきなり立ち上がって、
死ねよ死ねーっ!しねー!
死んでくれよ死んじまえよ死ねよ!
真っ赤な空に叫ぶ。慌てて私も立ち上がって叫ぶ。
そうだー!死ねー!死んじまえー!
賢治は彼女に言ってるわけではないのだ。私も賢治を捨てた女に言ってるんじゃない。
しーね!しーね!しーね!しーね!
2人で声を合わせる。しまいにはゲラゲラ笑う。周りの人がとても迷惑そうだ。気持ち悪そうだ。それが最高に愉快だった。
帰り道、賢治は無言で手を差し出した。私は迷わず賢治の手を握る。分厚くて熱い男の手。
私たちはかたく、握手をかわしたのだった。
思うに、私がモテないのは
顔に緊張感が足りないのと、小うるさいのと、あの日、賢治と握手をしたからだ。
「ちょっ!席札の裏にメッセージ書いてあるよ。あいつ、泣かす〜!」と早々と酔った翔太が半泣きで言う。賢治はお嫁さんと高砂席で撮影に応じている。
私も席札をひっくり返す。
赤のボールペンでやけくそみたいな点々が紙いっぱいに打ってあった。その隅に小さく角ばった字で、ありがとう、と書いてあった。
多分私はこれから先も、モテないと思う。
だけどこれからまた、
人を好きになろうと思う。
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