見出し画像

「立ち行かないわたしたち」に

KADOKAWAが新しく立ち上げたコミックエッセイとセミフィクションのシリーズ「立ち行かないわたしたち」。第一弾の2作が発表された。このシリーズ、期待大!

装丁もええよな。

1作目は、やまもとりえ『わたしが誰だかわかりましたか?』

やまもとりえさんといえば、ヒヨくん・あっくんの育児絵日記が大人気。そのほのぼのかわいい絵柄とは裏腹な、様々な人生に深く寄り添う『ねこでよければ』や、『Aさんの場合。』などのフィクションもファンが多い人気作家。

『わたしは家族がわからない』ではじめて著者インタビューさせていただき、「私はずっと作品で『他者の背景を想像してみよう』っていう提案をしてるんです」という言葉が印象的でした。

あらすじ

『わたしが誰だかわかりましたか』の主人公は、離婚したばかりの海野サチ、42歳。反抗期の息子と、冷たい友人たちの中で、鬱屈とした日々を過ごす。ある日、仕事の集まりでバツイチ子持ちの男と出会い意気投合する。しかし、男は仕事と育児を理由に会おうとせず、サチはSNSなどで調べ始めるのだが……。

海野サチは元同期3人に離婚や新しい恋について相談するのだけれど、「もっともっと大変なひともいるんだからさー」とバッサリ切られてしまう。

ここがやまもとさんのいう「他者の背景を想像してみよう」という提案に繋がっていく。3人の友達は、なぜあんなにサチに冷たくあたってしまうのか…。みんながみんな「立ち行かないわたしたち」だからだ。

「もっともっと大変なひともいるんだからさー」
そう言われたサチだけど、離婚の理由はサチのわがままではない。
サチにはサチの、あやふやなバツイチ男に寄りかかりたい事情がある。

「もっともっと大変なひともいるんだからさー」
私たちは、こういうことをお互いに言い合ってきたけれど、
それが私たちを追い込んでいく。
そうじゃなくて、あのひとも、このひともみんな、「いろいろあんだな」と思えたら。
勝ちとか負けとかじゃなくて「実は私さ……」って弱さや失敗を話せたら。

そういうために、この「立ち行かないわたしたち」シリーズはあるんだなと思った。なんと第1作にふさわしい作品!

やまもとさんはちょっと心配になるレベルのいいひと。

ちなみにこれは、取材の時にやまもとさんからいただいた、お菓子と『ねこでよければ』の新刊。同い年で同じくgleeにハマっていたことがわかり、むちゃくちゃ盛り上がってしまいました。gleeも群像劇だし、色々納得。「13の理由」も見てないかなー?語り合いたい。(突然の余談)

2作目はぺんたん原作『母親を陰謀論で失った』

漫画は『実家が放してくれません』のまきえりこさん。

「コロナは●●国の陰謀だ!」「ワクチンを打つと大変なことになる!」
ニュースで見かけるこういう人、私の周りにはいないよな……って思っていたら、友達との会話で普通に「コロナになってから●●国、大嫌い!」とか言い出したり、「ワクチン? 一回も打ってない」って人がいたり、おぅおぅ…ってなったことあります。

『母親を陰謀論で失った』は、ぺんたんさんがnoteでつづった同名体験記をセミフィクションにしたもの。

「陰謀論なんて荒唐無稽なんだから、すぐ論破できる。しかも相手は家族なんだからわかりあえるはず」と思ったら、大間違い。
家族だからこそ、相手がこっちのためを思って「布教」してくる。それを拒絶すると、「絶縁」にまで発展する。家族だから「会わない」「ほっとく」わけにもいかない……。
この、陰謀論者が家族だった場合の難しさがとてもよく描かれていました。
その中にも、実際にぺんたんさんが行った、同じ悩みの人と語り合ったり、陰謀論の会合に潜入してみたりした体験は、貴重なサンプルだと思います。

そして2作品とも、専門家による解説つきなのが素晴らしい。
『わたしが誰だか~』には、作家・麻布競馬場による「〈人を信じる〉ってなんだろう?」
『母親を陰謀論で~』には、筑波大教授・原田隆之による「陰謀論の心理学」
ただもんじゃないぜ!

噂のY編集長

この「立ち行かないわたしたち」シリーズの統括は、KADOKAWAコミックエッセイ編集部編集長の山﨑さん。時折、マンガ家さんの裏話や座談会に登場する山﨑さんですが、「めちゃくちゃいいひと」として描かれています。
いったいどんな人なんや……と気になっていたところ、お会いする機会がありました。

ある作品について、「これはどういう企画を投げて、この作品になったんですか?」と伺ったところ、「こどもの貧困をテーマにしたいと思って」というお答え。「この作家さんの新路線を」とか、「いまの売れセンを」ではなく(もちろんそれもあるでしょうが)、その目は社会に向けられていました。

そして出来上がった作品は、物語のドキドキ・ハラハラを保ちつつ、たしかに、こどもの貧困が描かれていて、「作家さんも、編集さんもすごい!!」と思ったのでした。

きっと山﨑さんをはじめとする編集部のみなさんは、「立ち行かないわたしたち」シリーズで本気で世界を救おうとしているのではないでしょうか。

第2弾も楽しみです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?