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【エッセイ】〇〇で突如迎えた危機 / ぶっ飛び日記

その日はキッチンでお肉を焼いていた。

梅雨が明けたというニュースはまだない。
そのおかげで晴れていてもじっとりしている7月の夜のことだ。


エアコンがあまり効かないキッチンでじゅうじゅうと脂の多い豚肉を焼きながら、私は空腹と闘っていた。
仕事帰りで汗ばんで帰宅したので先にシャワーを浴び、私の五感はこれでもかというくらい焦らされている。もう脳みそは正常に働いていなかったと思う。


二回に分けて焼くうちの第一軍のお肉を皿に取り出し、無意識にiPadに手を伸ばす。

(何かを再生しながらじゃないと、ちょっともう耐えられないかもしれない・・・)

どこからともなくもう一人の自分の声が聞こえた気がした。



キッチンの窓の縁にiPadを置いて、動画のサブスクからドラマを再生した。
キッチンが少し賑やかになる。

そんなキッチンに立つ私の脳みそは既に正常さを失い、結構な本数のネジが飛んでいる。




じゅう、と既に熱くなっているフライパンに第二軍のお肉を置く。

壊れかけの脳みそで無意識に再生したので、自分で作った再生リストとはいえ何のドラマなのか自分でもはっきり認識していなかった。

私はフライパンから顔を上げて画面を観た。







「・・・医療モノ(※救命系)やん・・・!」




しかも、まだ初見。

というのも、再生しているのは連続ドラマの第2話。前日に初回を観終わったような、私にとってめちゃくちゃ新鮮な作品。
つまりどんなシーンが多めで、こんな環境でこんな人物がいて・・・なんてまだ把握しきれていない段階。
加えて私は、予想外の展開(怪我や事故、出血など)が本当に苦手だ。




やってしまった・・・絶対びびって(キッチンで)何かやらかすじゃん・・・。



そう思えど、時すでに遅し。
目の前でお肉たちが早くもっと焼いてくれと言わんばかりにじゅうじゅうと音を立てている。


けれど目線を上げれば初見のドラマ、無意識に画面を観てしまう回数が増える。



画面、フライパン、また画面、お肉をひっくり返してフライパ・・・ではなく無意識に画面。
そうこうしていると、画面の中で急に人が崖から滑落していく。



「あ゛あーーー!!!!!!!!!!!」




悲痛な叫びがキッチンに響く。
その声のボリュームは桁違いに大きかった。





なぜなら叫び声の主は画面の中の滑落した人でも、滑落者と一緒にいた人でもなく、



キッチンでお肉を焼いていた私なのだから。






感情移入度合いが凄いな・・・と思ったかもしれないが、今回はそうじゃない。


崖から滑落する瞬間と同時に、
豚肉から大きな1粒の脂が盛大に私のお腹にダイブしてきたからである。

「バチッ!」という音を認識したのは、皮膚の痛みを感じたほんの一瞬あとだった。




キッチンはエアコンがあまり効いていなかった。
あまりの空腹に身体も限界だった。脳みそも正常じゃなかった。
だからお腹が見えるくらいの服装で脂の多い豚肉を焼いていた。


・・・当時の私には、それが危険な状況だと認識できなかったのである。





2回目の焼きでフライパンは十分すぎるほどに熱されていた。
画面に意識が向いていた瞬間だったので私も無防備だった。

そんな私へ不意打ちのカンカンの脂なんて、一度の悲痛な叫びでは消化しきれない熱さだった。

でもドラマはどんどん展開していく。

滑落した人は血まみれで、一緒にいた人は必死に崖の上から大きな声で呼びかけている。血まみれの顔は、痛みに大きく歪んでいる。



でも私も痛い。次元が違うのはわかるが、かなり痛い。
お肉だって、まだコンロで熱され続けるフライパンに何枚も残っている。

気が動転している中で必死に脳みそをフル回転させ、まずは火を止める。そしてこれ以上の被害を増やさないために、全てのお肉を皿に取り出さなければいけない。でも痛い・・・!!!


極限状態の私は、止めることのできない画面の前でただ必死でお肉を取り出す。
気を紛らわすために本能的に声を出していたい、そんな私が思わず口から絞り出した言葉は、



「不謹慎んんん・・・!!!!!!!!」




言葉の意味が合っているかなんて考えていない。
コメディ映画でも撮ってるのかという動きで痛みに悶えながらただ叫んでいた。

もしかしたら「不謹慎(なんだけど私も痛いんだああ)・・・!!」という心の声だったのだろうか。
まあそんなこと今となってはどうでもいい。




なんとか全てのお肉を皿に取り出し、画面を一時停止。
お腹に保冷剤を当てながら料理を完成させ、やっとテーブルにつく。





約26年生きてきたけれど、ここまで極限状態で作り上げたお好み焼きは生まれて初めてだった。
ソースよりも何よりも、エネルギーと安心感を感じる味だった。

「生きてるってすごいな」と漠然と思った。こっちのほうが「不謹慎」なんじゃないかと思った。
(「不謹慎」の意味をずっと勘違いしているのがここまでくると面白い)




さて、そんな貴重な経験をした翌朝。

ベッドから起き上がってTシャツをめくると、おへその斜め上に赤黒いシミみたいなものを発見。




(夢じゃなかったかあ・・・)





一皮むけたまゆこの、「生命と経験の証」ということにした。

この夏はプールではなく、お祭りを視野に入れよう・・・(せっかくビキニ、買ったんだけどな)

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