創作怪談『深夜ラジオ』

拓也は、個人で仕事を請け負っていた。
なので基本は家に引きこもっている。
夜型なこともあり、仕事はいつも深夜に行っていた。
ラジオ聴きながら作業をするのが彼の日課だった。
深夜のラジオ番組は、彼の心を癒してくれる、楽しみの一つだった。
今はアプリ等でも聞けるが、拓也は昔から使っているラジカセを未だに使っていた。

ある夜、彼はいつものようにラジオをつけた。
しかし、流れてくるのはいつもの番組ではない。
ノイズ混じりに、風の音や虫たちが鳴いているような、そんな雑音が聞こえてきた。
不思議に思いながらも、チャンネルを合わせ直したり、別の局にしたりするのだが、どの局も同じように雑音だけが流れていた。

「故障かな…?」
そう思いながら、チャンネルを合わせてゆく、あるチャンネルに合わせた時、突然雑音が止まり、静かな声が聞こえてきた。

「今夜のゲストは…あなたにとって特別な方です。」

その声は、どこか不気味で冷たい響きを持っていた。
電波の問題なのか、複数人の声が混ざったように聞こえる。
パーソナリティが女性なのか男性なのか判断がつかない。
拓也は思わず耳を傾けた。

その瞬間、ラジオから女性の悲鳴が聞こえてきた。
驚いて音量を下げようとしたが、ツマミを回しても音量は下がらない。

「助けて…誰か…助けて…」

女性の声は震え、切迫していた。
拓也は冷や汗をかきながら、ラジオのスイッチを切ったり、他のチャンネルに合わせようとするのだが、これも効果がなかった。
次第にその女性の声は具体的な言葉を発し始めた。

「ねぇ……拓也……」

彼は驚愕し、全身が凍りつき、スッと身体から温度が抜けていくのを感じた。
ラジオから聞こえる女性の声がこちらに話しかけて来ている。
どうして自分の名前を知っているのか。
心臓がドクドクと激しく鼓動する、ラジオから続けて声が聞こえてきた。

「拓也……覚えてる?……あの日……」

頭の中に一瞬、ある記憶が蘇った。
蘇ったと言うよりは、考えないようにしていた記憶だった。

「……亜美」

大学時代、彼は友人達と廃墟に肝試しに行き、不思議な体験をしたことがあった。
その時、一緒に行った恋人が行方不明になった。
当時、恋人だと言うだけで、警察に散々事情聴取をされた。

震える声で昔の恋人の名前を呟くと、ラジオの声はさらに冷たくなった。

「ねぇ、拓也……あの日、なんで置き去りにしたの……待ってたのに……ずっと…あなたが来るのを…」

そう言い終わると、ラジオの音量が一気に上がった。
恐怖と絶望と怒りのこもった悲鳴、叫び声、泣き声が一斉に聞こえ始めた。
拓也は耳を塞ぎながらラジオのコードを引っ張ると、ブツンという音とともに電源が切れた。

部屋は静寂に包まれる。
拓也は混乱していた、そして恐怖からか震えていた。
忘れようとして、忘れられなかった記憶が再び彼を苦しめる。

あの声は一体なんだったのだろうか、
いや、何かは拓也にははっきりわかっていた。

悪ふざけのせいだった。
言い出したのは俺じゃない、別の友人だった。
でも、今更そんなことを言っても仕方がない。

それ以来、拓也は深夜ラジオを聴くことをやめた。
しかし、どこかでまたあの声が聞こえてくるのではないかという恐怖が、消えることはなかった。
生活習慣を改め、昼間に仕事をして、夜になると、眠りにつくという日々が続いた。
それでも不安は拭えなかった。
その日から、ラジオの存在が、彼にとって恐怖の象徴となったのだった。


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