創作怪談 『消えたランチタイム』

これは会社の先輩に聞いた話。

  先輩の山田さんは平凡な日常を送っている、いたって普通の会社員。
12時の休憩時間になると会社の近くの公園のベンチに座り、弁当を食べるのが日課だった。
木陰でのんびり、彼の奥さんが作ったというお弁当を楽しむのが、癒しの時間だったそうだ。

  ある日、いつものようにお弁当を持って公園に向かった山田さんは、いつもと違う雰囲気を感じたそうだ。
普段はなんだかんだ平日でも人が多い公園だが、その日は珍しく人が少ない。
公園の空気が何故か重く、どことなく異様な雰囲気が漂っていた。
少し気味が悪いと思いながらも、天気が微妙な曇りだからだろうと、お気に入りのベンチに座り、お弁当の包みを広げた。

その日のお弁当は、山田さんの大好物の奥さん手作りのから揚げ弁当だった。
朝早くからわざわざ揚げてくれたらしい。
楽しみにしていたから揚げに箸を伸ばし、口に頬張った。
その瞬間、周りの風景が一瞬にして変わった。

公園が不気味に感じられ、周囲には誰もいなかった。
普段は行き交う人々の音、車やバイクの走る音、鳥の囀りが聞こえるはずなのに、まるで世界が静まり返ったかのようだった。

「?」

山田さんは不安になり、口の中の唐揚げを咀嚼し、飲み込みながら、周囲を見渡した。
すると、背後の少し離れた場所に、一人の女性が立っているのが目に入ったそうだ。
彼女はじっと山田さんを見つめていた。薄暗い木陰に立つその女性は、少し古風な服装をしており、どこか悲しげな表情をしていた。

山田さんは気味悪さを感じながらも、お弁当の蓋をして、その女性に近づいていった。

「こんにちは」

女性は何も答えず、ただ山田さんを見つめ続けた。山田さんが近づくと、その女性の目から涙が一筋こぼれているのが見えた。
山田さんはますます不安になり、再び声をかけた。

「どうかされましたか?何かお困りですか?」

その瞬間、女性が口を開いた。
しかし、その声は山田さんには何も聞こえなかった。パクパクと口は動いているのに、風の音にかき消されるように、何も聞こえなかったそうだ。
山田さんはその女性の様子を不気味に感じて、その場から逃げ出したくなったが、足が動かなかった。

突然、女性が手を伸ばし、山田さんの腕を掴んだ。冷たい手の感触に鳥肌が立ち、恐怖で凍りついた。女性は再び何かを呟いた様子だったが、それでも聞こえなかった。
次の瞬間、視界がぐるぐると回り始め、意識が遠のいていった。

気が付くと、山田さんは自分のオフィスのデスクに座っていた。
時計を見ると、12時を少し過ぎたところだった。
まるで何事もなかったかのように、周囲の同僚たちは普通に過ごしている。ランチに行こうと財布を持って席を離れようとしている同僚もいれば、その場でシリアルバーを食べながら作業している後輩もいる。
正確に覚えているわけではないが、公園に行く前に見た光景と同じ気がする。

「夢だったのか…?」

山田さんはそうつぶやき、その場でお弁当を開けてみる、唐揚げ1つ分の隙間が空いていた。

お弁当は結局会社内で食べることにしたが、その日、あの公園での出来事は、どうしても頭から離れなかったそうだ。

翌日、山田さんは再び公園に向かった。
いつものベンチに座り、お弁当を広げる。しかし、その日は何も起こらなかった。
いつもの、平凡なランチタイムが過ぎていった。

それから数日間、山田さんは毎日公園に通ったそうだが、あの女性を見かけることはなかった。あの日の出来事は一体何だったのか、山田さんは知ることができなかった。

ただ一つ、気になることがある、と山田さんはつぶやいた。
その日以来、山田さんが公園でランチをしていると、どこか遠くから見られているような気がする。
ふと振り返ると、そこには誰もいない。
しかし、その感覚は消えることなく、彼の日常に寄り添い続けた。
それ以来、山田さんは二度とその公園でランチを楽しむことはなかった。

なるほど、最近先輩が社内にある休憩スペースでお弁当を食べている理由がわかった。

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