創作怪談 『天井 前編』
毎日、夜遅くまで仕事をこなし、自宅で過ごすのは寝る時と、たまの休みだけ。
そんな生活を送っている、独身で一人暮らしの真奈にとって、そのアパートは古いが、それなりに綺麗で家賃は安く、静かな住宅街にあるという、なかなかいい物件だった。
その夜も、いつものように仕事から帰り、コンビニで買ってきた弁当の夕食を終えてベッドに潜り込んだ。
外からは虫の鳴き声や、時々通る車の音がするのみで静かなものだった。
電気を消して、目を閉じてまもなく、真奈の耳に微かに聞きなれない音が届いた。
カサカサ……カサカサ……
最初は気のせいかと思った。
耳をすませば、音は確かに天井から聞こえている。
風が強い日でもないし、窓も閉め切っている。音は何かが這うような音だった。
もしかしたら、ネズミかGから始まる虫か、はたまた別の何かが天井裏にいるのかもしれない。
家鳴りは割としょっちゅうあったし、その類なのかもしれない。
古い建物だし、そういうこともあるか……
そう思い直し、再び目を閉じる。
けれども、音は消えることない。
それは、真奈が眠るまで続いた。
次の日、仕事の合間に大家さんである田中さんに電話をかけた。
山田さんは60代の男性でいつも気さくに接してくれるようないい人なのだが、少々変わった人で、迷信深いところがある人だった。
以前も、水周りのちょっとした不具合で相談をしに、彼の家を訪ねたことがあったのだか……
とても雰囲気のある家だった。
「天井裏から音がするんです。もしかして、ネズミでもいるのかなって思って……」
「おや、それは気になるね。家に帰ったら連絡をしてくれ、ちょっと見に行くよ」
その日の夜、帰宅が少し遅い時間になったが、山田さんが部屋にやって来てくれた。
二人で天井裏を覗いてみるが、特に異常は見当たらない。埃が舞い上がるだけで、ネズミの姿はどこにもない。
「これといって……問題はないようだけど、まあ古い建物だから、たまに音がするのかもしれないね。一応ネズミの駆除を依頼しておこう」
山田さんはそう言って去っていった。
真奈も実際に一緒に見たということもあり、その言葉に納得し、しばらくは音を気にしないよう努めた。
数日もしないうちに、駆除業者も来ていたようだった。
しかし、数日間「カサカサ」音続き、その後段々と大きく、明確になって行くように感じた。
さらには「カサカサ」という音に加え
ズズズ……ズズズ……
という、何か重いものが這うような音が混ざり始めた。
真奈は毎夜、音に悩まされ眠れない日々が続いた。
やがて、音に対する恐怖と不安が積もり始め、次第に真奈の精神は追い詰められていった。
ある晩、音が特に酷く大きい音がし始めた。
ついに音が鳴っているこの状態で、確認することを彼女は決心した。
はしごはないので、椅子の上に乗って、天井裏のふたを開けて中を覗き込んだ。
懐中電灯で天井裏を照らすが、見えるのは埃まみれの木材だけで、何も異常はないようだ。
音は、まだ聞こえている。
だが、そこで真奈は異様な感覚に襲われた。
何かの気配を感じる。
湿った土のような匂いが漂い、彼女の背筋を冷たく撫で、ぞわりと鳥肌が立つ。
何も見つけられなかったが、それでも音は確かに存在し続けていた。
続く
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