地上の月
「もう少し行ったところで、左の空を見上げてみて。月がものすごく綺麗ですよ。」
はじめて歩く道で、しかも夜。
Googleマップとにらめっこしながら、下を向いて歩いていたら、すれ違いざまに声がした。
ありがとうございます、
驚きと嬉しさで胸をいっぱいにしながら顔をあげると、白髪の淑女が、まっすぐにこちらをみて、にっこり、微笑んでいた。
「明日は満月らしいわね。」
私たちは笑顔で別れ、また坂道を登り、下り始めた。
坂道を登りながら、私は確信していた。
確かに月は美しいだろう。
だけど、きっと私の心には残らない。
坂を登りきったところで、左の空を見上げた。
やはり月は美しかった。
けれどそれは、私の胸のなかで、彼女の気品に満ちた微笑みを縁どる、後光にしかすぎなかった。
私はその夜、地上で輝く月を見た。
麻佑子
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?