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わたしは、美容院でとんでもない嘘つきになってしまう。


わたしは、美容院でとんでもない嘘つきになってしまう。
その最たるものが、約1年前の出来事だ。

初めて行く美容院でのあるあるの会話はこれ、
例えば渋谷の美容院だったら、
「渋谷は近いんですか?」
「どの辺に住んでいるんですか?」

来た。来てしまった、この質問。
というのもわたしは東京のド都会に住んでいて、
たぶん、ほんとうの地名を言ったらビビられる。 
その後に、わたしがお金持ちではない、色々な理由を説明するのも、
面倒だし、その後相手が多少反応に困る。

だからわたしはこう返すのだ。
「そうですね、行きやすいです。」
「行きやすい」という日本語はとても便利なもので、
徒歩3分でも、
電車で2駅でも、
人によっては30分かかるけど電車で1本、とかも
全て包括することができる。
よし、相手のターン。ここからどう来るか。

「へ〜そうなんですね!どの辺ですか?」
どのへんですか、ドノヘンデスカ、ドノヘンデスカ…
ここまで来るとかなり追い詰められる。もう一歩先は崖である。区名を言ったら終わりだ。

「いや本当に、20分とかですよ〜」
冒頭の「いや」で何を否定したのかもよくわからないが、とりあえずこれで打ち返す。もう大丈夫だろう。早く髪の毛を切ってくれ。

「ええ!そしたら区内ですか?」
まだ来るか。わたしの住んでいるところなんてどうでもいいはずなのに、もうこれ以上苦しめないでほしい。もう、あれを使うしかない。
「そうですね、笹塚とかその辺です。」
東京都新宿区笹塚。美容院が渋谷でも新宿でも原宿でも、「その辺」に分類される。ササヅカ、という響きがなんとなく田舎っぽくて言いやすい。笹塚に住んでいる人に悪い人はいなさそうだ。

無論これだけの理由でこの地名を出すわけではなく、
母親の実家が長年笹塚にあったため、相手がもし生粋の笹塚っ子だったとしても、それなりに会話に参加することができるのだ。しかし目の前でわたしの髪をチョキチョキと切る若イケメンが笹塚er(ササヅカイアー)である確率はかなり低いので、そこまでの心配は杞憂だろう。

「ええ?!僕も昔笹塚に住んでたことあるんですよ!」

終わった。もう何もかも終わりだ。嘘なんて最初からつくべきじゃなかったんだ。神様がどこかで見ている。切りかけの髪の毛で、エプロンみたいなのをつけられたままでいいからこのまま帰りたい。ありがとうございました。もう来ません。
まさか笹塚人だとは思わないじゃん。笹塚からこんな洗練された見た目の若イケメンは輩出されるんですか? 
いや、大丈夫。わたしはかなりのおじいちゃんっ子で幼少期は引くほどの頻度でおじいちゃんの家に通ったものだ。ある程度の笹塚トークなら対応可能である。来い。

「偶然ですね〜アハハ」
「どっちの方ですか?」
「あの〜商店街の方の」
「あ〜そっちですか!僕は首都高4号線の奥の方で。富士見ヶ丘中学校わかります?そっちの方なんですよね。その中学校の裏あたりにめっちゃ美味しいラーメン屋があって。なんて名前だったかな〜。分かります?分からないか〜笑、いやー懐かしいな、まさかこんな偶然があるんですね。」

偶然でも何でもないのである。なぜならわたしは笹塚に住んでいないから。美容院の客の祖父母が5年ほど前まで暮らしていた地域と、担当美容師が昔住んでいた地域が同じであることは大した偶然ではなさそうだ。この若イケメンは何を言っているんだ。いや、若イケメンは悪くない。最初から悪いのはわたしだけである。若イケメンも、わたしの祖父母も、笹塚も、誰も悪くない。

それから、美容院はいつも同じところに行くようになったし、わたしの住んでいる場所もお金持ちでない理由も早めに美容師にインプットしておくようにした。

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