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コロナ時代の大学生は、可哀想なんかじゃなかった。
慶應義塾大学を卒業しました!
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ほんとうに、あっっっっと言う間の4年間でした。
大学1年生が終わりかけの春にコロナウイルスが流行し始めて、
大人には、「コロナで可哀想だね」とよく言われた学生生活だったなと。
たしかに、とんでもない青春と時間と情熱を捧げたダンスのイベントができなくなってしまったり、
何ヶ月も家から出られなくて友達にも会えなかったり、
コロナで可哀想だったことは挙げ始めればキリがない。
マスク無し、行動制限無しの学生生活が「本来の」学生生活と言われ、それと比較して「可哀想」と言われるけれど、
わたしたちにとっては、マスクあり、行動制限ありのこの学生生活もれっきとした「本来の」学生生活なわけで。
zoomでしょうもないことを話してどうにか笑っていた時間も、
「コロナが終わったらやりたいことリスト」を作ったことも、
どこにも行けないから地元の友達とただただその辺を散歩して公園に行って、「小学生に戻ったみたいだね」なんて話した事も、
下はパジャマで受けたzoom面接も、
久しぶりに対面で友達に会えたあの嬉しさも、
対面授業やりたいとか言ってたけどいざ対面になると面倒だなーも、
4年間行けなかったからこそ一瞬一瞬が楽しかった卒業旅行も、
全部ぜんぶ、わたしたちの、「本来」の、「本当」の、学生生活。
たしかに、コロナのせいで死ぬほど悔しかった事もあるし、コロナなんて無ければ、と思ってしまうこともたくさんあったけれど、
わたしの学生生活は可哀想なんかじゃなかった。
コロナを完全に美談にはできないけれど、
コロナが無ければ無かった出会いがあって、
コロナが無ければやらなかったかもしれない挑戦があって、
コロナが無ければ話さなかったかもしれない話があって、
コロナが無ければ気づけなかったかもしれない幸せをがあって、
コロナが無ければ選ばなかったかもしれない選択があって、
そう考えれば"コロナに振り回された"4年間だったのかもしれないけど、
そうやって様々な選択、様々な感情を経た自分が、今、
慶應に入ってよかった
最高に楽しい4年間だった
と思えているから、それならもうそれだけで良いじゃん、と思えた。
将来子どもができたら、
お母さんの大学生活は、死ぬほど楽しかった。
と言って、沢山自慢話をしてやろう。
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