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自分の過去と向き合い深掘りをする。

とてつもない勇気がいります。

TLNで3回学んで思ったのは

「私はなんて空っぽなんだろう」

と言うこと。

先生は勿論のこと同期の方々の話を聞くと自分が恥ずかしくなります。

避け続けてきた自分の過去の受け入れが必要な時期なのかもしれないと思い少しずつ書いていこうと思います。

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私は兄、姉のいる末っ子。

末っ子は可愛がられる。

よく耳にしますがそれは愛情に溢れたおうちだけなんじゃないかと思います。

生まれた瞬間に私の存在は否定されたそう…

何故か?それは

女だから。

長男に何かあった時の身代わりが必要だから男が良かったそう。

生後間もなく仕事復帰した母に代わり同居していた母方の祖母が私を育てることになり祖母が亡くなる私が1歳8ヶ月まで祖母にべったり。

祖母にキャラメル貰って親戚宅へ年4回のお仏壇参り巡りに行ったり。

祖母に怒られて泣きながらご近所から歩いて帰ったり。

毎日、電車を見に行ったり。

亡くなってからは

「ばあちゃんのごはんしか食べない!」

なんて泣いては、祖母を探して毎日お散歩に行っていた所へ1人で行こうとした記憶があります。

この頃の記憶がいくつかあるのはきっと幸せな思い出だったからなのかな?

祖母が亡くなってから就学の頃までの記憶と言えば、

「もう戻ってきたらダメだよー」

と言われるぐらいに風邪か自家中毒で頻繁に入院。

入院が頻繁になると誰も付き添いがおらず看護師さんの卵の方がごはん食べさせに来てくれたり、遊んでくれてました。

兄が入院した時は母が付き添っていて良かれと思って同じ部屋にしてくれたのに、悲しくて寂しかった。

私には着替えを届けるだけ。

そんな入院生活も次第に慣れて、子供ながらに

「また入院しちゃった。早く退院したいなー」

なんて無邪気に思ってた。

家以外の記憶。

病院や保育園の記憶は薄らあるのに、この頃の家での記憶がほぼないのはきっと自分を守るために作り出していたもう1人の私が身代わりになってくれたから。

確かに私の中にはもう1人の私がいた。

この記憶はハッキリとある。

就学後は早々にうちが普通じゃないと言う事に気づいてしまうのですが、それは次回へ…




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