【小説】肉坂
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これは、高校でクラスごとに劇をやることとなった際に私が書いた脚本を、ナレーション(ステージ脇に立っている人が読み上げ)部分を地の文としたほか一部修正し、短編小説にしたものです。オリジナルのストーリーなんてつくれないだろうと思われたのか、何の話をやるのかは決められてしまっていて、私のクラスは「赤ずきん」の劇だと云われたので、こう仕上げました。ちなみに次のクラスは「浦島太郎」でした。
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まだ人類が天動説を信じて疑わなかったはるか昔、太平洋にとある島があった。面積にして七〇平方㎞程のその島に暮らす少女こそが、この物語の主人公にあたる。
彼女は苗字を肉坂といい、これをローマ字にして反対から読むと赤ずきんとなる。
NIKUZAKA――AKAZUKIN
このことに気付いた何世代も前の肉坂家は、酔狂にも子に「赤ずきん」という名をつけた。それが発端となり、肉坂家の子は代々赤ずきんという名を授かるようになった。
さて、肉坂三六代目赤ずきんは、三四代目赤ずきん、つまり彼女の祖母に食糧を届けるために森を歩いていた。
「るんるんるん♪ るんるんるん♪」
しかし上機嫌で歌う彼女の前方に、狼が立ちはだかった。
「夏にそんなもの被って、暑くないのか」
赤ずきんはその名前に嘘があってはいけないので、常に赤いずきんを被ることになっている。『人の気も知らないで!』と思った彼女は、狼の横を通り過ぎる。
「無視しないでくれ」
「狼が人間の言葉を喋ったらやーよ」
「きみが心配なんだ」
「構わないで。るんるんるん♪」
「熱中症になったら大変だぞ」
「構わないでったら。るんるんるん♪」
やがて狼は諦めて去って行った。
三六代目赤ずきんは父から、狼とは仲良くするなと云われているのだった。猟師である父は「しつこく絡んでくるようなら、俺が撃ち殺してやる! あはははははははは!」と云って猟銃を撫でていた。
そろそろ日が暮れる頃になってようやく、三六代目赤ずきんは祖母がひとりで暮らす家に辿り着いた。
「おばあ様! 食べ物を持って来たわよ! るんるんるん!」
だが反応はない。見ると掛布団が膨らんでいる。
「おばあ様、眠っているの?」
三六代目赤ずきんが掛布団をめくると、そこには血だらけとなった祖母の死体が横たわっていた。「きゃあ!」と悲鳴を上げて、彼女は床に尻餅をつく。
祖母は腹を大きく抉られている。まるで、獣に噛み千切られたみたいに。
「次はお前だ」
その声に振り向くと、あの狼が這入ってきていた。
「あ……あなたがやったの?」
「そう、俺がやったんだよ。お前が、構ってくれないからなあああああああ」
狼が三六代目赤ずきんに飛び掛かったそのとき、銃声が響いた。
頭をブッ飛ばされた狼が床にべちゃりと倒れる。
「あはははははははは! 大丈夫か、我が娘!」
戸口に、猟銃を構えた父が立っていた。
「お父様! 助けてくれたのね! ありがとう!」
三六代目赤ずきんは父に抱き着いた。父は娘の背中をさすりながら爆笑する。
「あはははははははは! 苦しゅうない! あはははははははは!」
「お父様! 大好き! 私のヒーローよ!」
三六代目赤ずきんは知らなかった。
三四代目赤ずきんを殺したのが、父であるということを。
それは父が猟をしているときだった。
元来が臆病な性格の彼は、娘の前ではとにかく笑いまくることで誤魔化しているが、ひとりになるとびくびく震えてばかりいる。
だから背後から足音が聞こえることに気付いた彼は、叫び声を上げながら振り向きざまに発砲した。そこにいたのは、通りがかった三四代目赤ずきんだった。
「何だってえ! ちくしょおおおおおおお~~~~~」
腹を撃ち抜かれ即死した三四代目赤ずきんの前で彼が頭を抱えていると、そこにやって来たのが狼だった。
「落ち着いてください。ぼくに提案があります」
「本当か? ちくしょおお~~~」
「父親が祖母を殺したなんて知ったら、赤ずきんは悲しみます。だから彼女には、ぼくが祖母を殺したように思わせるんです。ぼくが、その傷口を噛み千切り、遺体を布団に寝かせておきます。あなたはぼくが赤ずきんを襲おうとしたところを撃てばいい」
「それしかないのか? ちくしょおお~~~」
すべては、三六代目赤ずきんのためだった。
狼は彼女の友達になりたかった。だがそれよりも、彼女を悲しませないことを優先したのだ。自分の名誉と命を犠牲にしてまで。
しかし、三六代目赤ずきんは真相に気付いていたのかも知れない。
一週間後、彼女はひとりで狼の墓を訪れていた。
目を閉じて、両手を合わせて。
何事か長い祈りを終えた彼女は、振り返って私に問う。
「ところで……あなたは誰なの?」
「私? 私はまあ、腹話術師だ」
狼が人間の言葉を話せるわけがないからね。
実際はあの狼は赤ずきんにえっちなことがしたかっただけだよ。
次はいじめられてる亀にでも適当な声あてるか~。
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