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小説(10):革命

僕は楽器を弾いたことが無い。
いや、リコーダーや鍵盤ハーモニカなら音楽の授業で弾いたことはあるが、自分から進んで楽器を弾いたことは無かった。
「いい音だな」
純粋にそう思った。
店内に流れるジャズ系の音楽に乗せて、即興だろうか、指がなめらかに弦を滑っていく。
あれくらい弾けるようになったら気持ちいいだろうなぁ。
そんなことを思ってぼーっと眺めていると、ふと顔を上げたお兄ちゃんの視線が僕にぶつかった。
「あれ、初めて見る顔だね。」
「え、あぁ、いや、こんな店、前にあったかなーと思ったんで。」
ずっと見ていたと思われると少し恥ずかしかった。
「なるほどなー。実は2ヶ月前に市内から移ってきたんだ。まぁ、なんで移ってきたかっつーのは大人の事情だよ。ははは。」
良くない事情だというのはぼんやりとわかった。
それより手元のギターが気になった。
「それってギターですよね?いくらぐらいするんですか?」
「おいおい坊や、これはギターじゃあない。ベースって言うんだ。まぁ、ほとんどの人は区別がつかないから意外と僕らは困ってるんだ。ええーっとだな、ギターは6つの弦があって、ベースは4つなんだ。どうだ、もう覚えたろ。ちなみにこれは安物だ、まぁ3万ってとこかな。」
はぇーっ、そんな楽器があるのかと驚いた。
「覚えました。ギターは6つでベースは4。」
「おおっ。物覚えが良くて助かるな。俺が弾いてたのを聴いてどう思った?物凄く地味な音だろう?」
「いや、すごくいい音だなぁと思いました。」
これはお世辞じゃない、純粋な気持ちだ。
「ほんとかぁ!坊や、君は才能があるぞ!どうだ、一度弾いてみるか?」
少し弾いてみたいなと思っていたので断る理由がなかった。
「え、良いんですか?じゃあ、ぜひ弾きたいです。」
そんなこんなで、暇だからとぶらり立ち寄った楽器屋で僕はベースを弾くことになった。
僕がカバンを下ろしてベースを肩にかける間にお兄ちゃんは簡単な自己紹介をしてくれた。
お兄ちゃんの名前は山下といい、山ちゃんと呼んでくれと言われた。
地元は一応市内らしい。
僕も簡単な自己紹介を終え、ベースの持ち方、指の押さえ方、弾き方を教わり、いざ、弦を指ではじいてみると、
「ぶぇ~~~ん」
と間抜けな音が店内に響いた。
まぁ、最初にしては上出来だなと山ちゃんは褒めてくれたが、なんだか悔しかったので何度も弦をはじいてみるが、間抜けな音が鳴り続けることにに変わりはなかった。
僕が試行錯誤して音を鳴らすなか、山ちゃんはギターを持ってきて僕の横で弾き始めた。
「ジャカジャーン。ジャラジャーン。ジャンジャンジャカジャジャンッ。」
「おおっ!」
アメリカのロックスターを彷彿とさせる演奏に驚かされ、考えるよりも先に声が出た。
「やっぱりギター弾いてみたい!」
山ちゃんはやれやれという顔で、
「くそー、ベース人口を増やそうと思ったのになー。」
と嬉しそうに笑った。

(11)へ続く・・・

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